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待ち焦がれていたデート

土曜日の朝、俺は目覚ましが鳴る前に目を覚ました。


普段なら、そんなことは滅多にない。


週末は一週間の授業の疲れを癒やすため、少しでも長く眠っていることが多い。けれど、その日の朝は違った。目を開けたまま、部屋の天井をじっと見つめていた。


理由は、言うまでもない。


舞夜と約束していたからだ。


しかも、ただの外出ではない。


「……今日、伝えるんだ」


小さな声で呟く。自分自身に言い聞かせるように、もう一度その言葉を口にした。


今日、舞夜に告白する。


何ヶ月もの時間を過ごし、数えきれないほどの会話を交わし、たくさんの思い出を重ねてきた。


そして、ようやくその時が来た。


……そうであってほしい。


俺は身体を起こし、ベッド脇のテーブルに置いていたスマートフォンを手に取った。


舞夜から新しいメッセージは届いていなかった。それでも、つい俺たちのトーク画面を開いてしまう。


最後のやり取りは、昨日の夕方のものだった。


舞夜:明日はデートだね!


大樹:ただのお出かけだろ。


舞夜:デートみたいなお出かけ。


大樹:それ、どういう意味だよ。


舞夜:じゃあ、明日確かめてみよう?


あの会話を思い出し、思わず笑みがこぼれた。


いかにも舞夜らしい。


彼女はいつだって、何気ない日常を特別なものに変えてしまう。くだらないことで俺に言い返してきたかと思えば、結局、俺まで笑わせてしまうのだ。


そして、それもまた俺が彼女を好きになった理由の一つなのだろう。


いつから好きになったのか。


この瞬間だ、と指し示せるような出来事はなかった。


少しずつ、自然に、気持ちが積み重なっていった。


まだ舞夜の積極的なアプローチにどう反応すればいいのか分からなかった頃の、最初の誘い。


予定していた時間を過ぎても続いてしまう会話。


少しずつ増えていった、宝物のような写真。


クリスマス。彼女と特別な日を過ごしたいと願う自分に気づいた。


お正月。舞夜が俺の手を握り、気持ちから逃げないでほしいと告げた。


バレンタイン。彼女が俺のために用意してくれたチョコレートに込められた想いを知った。


ホワイトデー。彼女に何かを贈りたいと思い、俺自身の気持ちを込めてペンダントを渡した。


でも、それだけじゃない。


何でもない日々もそうだった。


休み時間に顔を合わせること。


眠る前に交わすメッセージ。


駅まで一緒に歩く時間。


特別な理由もなく、お互いの話を聞かせ合うこと。


そうした日々の積み重ねが、いつの間にか俺にとって、失いたくないものになっていた。


俺はベッドから起き上がり、クローゼットへ向かった。


そろそろ準備をしなければ。


……それなのに、服を選ぶだけで、いつも以上に時間がかかってしまった。


シャツを一枚取り出す。


やっぱり違う。


別のシャツに着替える。


鏡を見つめる。


「……何やってるんだ、俺」


舞夜と出かけるのは、今日が初めてじゃない。


一緒に午後を過ごしたこともある。カフェに行ったことも、何時間も街を歩きながら話したこともある。


それでも、今回は違う。


完璧な服装にしたいわけじゃない。


特別な場所に行きたいわけでもない。


ただ、彼女に気持ちを伝える時、自分らしくいられたらいい。


最終的に、シンプルなシャツに薄手のジャケットを合わせることにした。


髪を整え、財布を確認し、スマートフォンをポケットにしまう。


部屋を出る前、もう一度鏡の前で立ち止まった。


そこに映っているのは、いつもと変わらない自分だった。


舞夜と出会い、彼女の人生の中でこんなにも大きな存在になるなんて、想像もしていなかった頃の俺。


けれど、自分でも分かっている。


確かに、何かが変わった。


彼女が俺を好きになろうとしてくれていた頃、俺はどう反応すればいいのか分からず、冗談で誤魔化してばかりだった。


今は違う。


自分の気持ちを理解している。


そして、その気持ちを彼女にも知ってほしいと思っている。


「よし……行こう」


俺は部屋を出た。


階下へ降りると、母さんがキッチンにいた。


俺の姿を見るなり、母さんは少し驚いたように眉を上げた。


「もう準備できたの?」


「うん」


「でも、まだ早いわよ?」


時計を確認すると、確かにそうだった。


約束の時間には、まだかなり余裕がある。


「遅刻したくないから」


母さんは笑いながら、朝食をテーブルに並べた。


「それで、緊張してる?」


「してない」


母さんが俺を見る。


俺も母さんを見る。


そして、ため息をついた。


「……少しだけ」


「当然よ」


母さんは向かいの席に座った。


「本当に大切なことをしようとすると、落ち着かなくなるものだから」


俺はカップに視線を落とした。


「母さん。大事なことを伝えたいのに、言葉が足りないんじゃないかって怖くなること、ある?」


母さんは少し考えてから答えた。


「何度もあるわ」


俺は顔を上げる。


「それで、どうしたの?」


「それでも、伝えようとしたのよ」


母さんは微笑んだ。


「言葉だけで、私たちの気持ちを全部表すことなんてできない。でも、だからといって、心の中にしまっておく必要はないでしょう?」


今週、俺が受けたアドバイスを思い出す。


松は、完璧な言葉なんて必要ないと言っていた。


結衣は、舞夜に本当の気持ちを聞かせてあげてほしいと言っていた。


そして、今、母さんも同じようなことを伝えてくれている。


俺は、どうにもならないことまで思い通りにしようとしていたのかもしれない。


舞夜がどう反応するかは、俺には決められない。


声が震えない保証もないし、思っていることをすべて言葉にできる保証もない。


でも、一つだけ決められることがある。


誠実でいること。


「ありがとう、母さん」


母さんは笑顔を返した。


「どういたしまして。それから、大樹……」


「何?」


「今日は、ずっと伝えたかったことを言えるといいわね」


頬が熱くなるのを感じた。


「ちょ、そういう言い方しなくていいから!」


「どういう言い方がいいの?」


「……どんな言い方でもよくない!」


母さんが笑い出し、俺もつられて笑ってしまった。


ほんの少しだけ、緊張が和らいだ気がした。


朝食を食べ終え、荷物を整えて家を出る。


朝の空は明るかった。


四月の空気には、歩くのが心地よくなるような爽やかさがある。道沿いの木々には、まだいくつか桜の花が残っていた。


駅へ向かいながら、俺はスマートフォンを取り出した。


メッセージが届いていた。


舞夜:大樹、おはよう! もう起きてる?


思わず笑みが浮かぶ。


大樹:おはよう。うん、今家を出たところ。


舞夜:私も準備してるよ!


数秒後、もう一通届いた。


舞夜:今日は大樹と特別な思い出を作りたいな。


信号の前で、俺は足を止めた。


その言葉を一度読み、もう一度読み返す。


特別な思い出。


舞夜は、今日俺が何をしようと決めているのか、まだ知らない。


彼女にとっては、きっといつものように一緒に出かけて、新しい場所を訪れ、アルバムに写真を一枚増やす日なのだろう。


それも、俺は好きだった。


告白する瞬間まで、ただ待ち続けるような一日にしたくない。


一緒に過ごす時間を楽しみたい。


彼女の話を聞いて、笑い合って、また一つ思い出を作りたい。


そして、適切なタイミングが来たら、もう逃げない。


大樹:俺も、特別な一日にしたい。


すぐに返信が届いた。


舞夜:じゃあ、二人で頑張ろうね!


俺は小さく笑った。


思い出を作ることまで、二人で頑張るものだと思っているらしい。


……でも、もしかしたら本当にそうなのかもしれない。


俺たちの物語は、決して一人だけで進んできたわけじゃない。


舞夜が最初の一歩を踏み出した。


俺は、彼女に近づくことを覚えた。


彼女は、自分の気持ちを隠さずに向き合うことを教えてくれた。


そして俺は、自分の意志で彼女の隣にいたいと思うようになった。


スマートフォンをしまい、再び歩き始める。


今日のデートがどんな一日になるのか、まだ分からない。


どのタイミングで告白する勇気を出せるのかも、舞夜が俺の言葉を聞いた時、どんな表情をするのかも分からない。


けれど、もう自分に問いかける必要のないことが一つある。


俺は、舞夜に恋をしている。


そして、その気持ちを伝えたいと思う日が来た。


彼女に恩返しをするためじゃない。


彼女が十分に待ってくれたからでもない。


そうするべきだと思ったからでもない。


ただ、これから先の人生を想像するたびに、隣に舞夜がいてほしいと思うからだ。


卒業した後も、彼女と一緒に歩きたい。


まだ訪れたことのない場所を知りたい。


楽しい日々も、どうすればいいのか分からない日々も、二人で共有したい。


写真に、これからの思い出を増やしていきたい。


そして、舞夜が未来を思い描く時、その中に俺もいたいと願っていることを知ってほしい。


駅に到着し、時計を確認した。


まだ少し時間がある。


俺は深く息を吸った。


「……今日は、もう逃げない」


それは、舞夜に向けた約束ではなかった。


自分自身に向けた約束だった。


ホームに電車が近づいてくる。


その音を聞きながら、俺は理解した。


今日という一日が特別になるのは、特別な場所を選んだからでも、誰もが驚くような告白を準備したからでもない。


一日の終わりに、俺がもう自分の気持ちを黙って抱え込むだけの男ではなくなっていたいからだ。


愛する人に、自分がどれほど彼女を大切に思っているのか、ようやく伝えられる男になりたい。


今日、俺は矢神舞夜に告白する。


そして初めて、失敗するかもしれない未来ばかりを考えるのではなく、彼女のおかげでうまくいったことを思い浮かべたいと思った。


舞夜が、俺を好きになってほしいと願ったあの日から始まった物語。


その物語は今、二人にとって忘れられない瞬間へと向かおうとしている。


そして俺は、その瞬間を迎える準備をしたいと思っていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


大樹にとって、いよいよ大切な一日が始まります。

舞夜に想いを伝えることができるのでしょうか。


次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。

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