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次は、もう逃げない

気がつけば、金曜日になっていた。


ここ数日、いつも以上に舞夜のことを考えていた。


新しく自分の気持ちに気づいたわけじゃない。


ただ、彼女と話すたびに、もうこの想いを胸の中にしまい続けたくないと感じるようになったのだ。


松に相談した。

結衣からアドバイスをもらった。

舞夜と未来について話し合い、これからも彼女の隣にいたいと伝えた。


けれど、まだ一つだけ、やらなければならないことが残っている。


遠回しではなく、はっきりと伝えること。


「大樹、聞いてる?」


顔を上げると、松が机の向こう側から不満そうな表情でこちらを見ていた。


「聞いてるよ」


「じゃあ、今俺が何を言ったか答えてみろ」


「きっと、すごく興味深い話だったんだろうね」


「全然聞いてないじゃないか!」


近くに座っていた結衣が、声を上げて笑った。


「松、もう諦めなよ。舞夜ちゃんと大樹の注意力を取り合っても無駄だって」


「ずっと舞夜のことを考えてるわけじゃない!」


二人が僕を見る。


僕は黙った。


「……そんな顔をするなよ」


「私たち、何も言ってないけど?」と結衣は笑った。


「表情が全部語ってるんだよ」


松が立ち上がり、僕の肩を軽く叩いた。


「まあ、今日こそは舞夜に話すんだろ。ずっと先延ばしにしてること」


驚いて松を見た。


「どうしてそれを……?」


「ここ数日、ずっと大事なことをしようとしているのに、どう切り出せばいいか分からない人間の顔をしてるからな」


結衣も頷く。


「それに、大樹が舞夜ちゃんのことを話すたびに、ほとんど全部自分から教えてくれてるし」


「いつ?」


「舞夜ちゃんの話をするとき、毎回だよ」


何も言い返せなかった。


松は鞄を持ち、肩に掛ける。


「そんなに悩むなよ、大樹。今日一日で人生のすべてを決める必要はないからな」


そして、教室の入り口で足を止めた。


「でも、伝えたいことが分かってるなら、怖いからって自分の気持ちを決めさせるなよ」


結衣も近づいてきて、優しく微笑んだ。


「また後でね。何があっても、私たちは大樹の味方だから」


二人が教室を出ていくのを見送った。


珍しく、冗談で返す気にはならなかった。


ただ、ありがとうと伝えた。


二人のからかいが時々鬱陶しく感じることはある。


それでも、僕たちの関係がうまくいくように願ってくれていることは分かっていた。


そして、僕もそう願っていた。


最後の休み時間になると、僕は秘密の場所へ向かった。


舞夜はすでにそこにいた。


膝の上に写真アルバムを置き、丁寧にページをめくっている。


僕に気づくと、顔を上げて微笑んだ。


「大樹!」


「やあ」


彼女の隣に座る。


「何を見てたの?」


「私たちのアルバムだよ」


舞夜はアルバムを少し開き、僕にも見えるようにした。


神社の写真。

二人で出かけたときの写真。

休み時間に会うようになった頃の写真。

そして、あのカフェで撮った一枚。


綺麗に撮れているものもあれば、構図が傾いていたり、顔が端に寄りすぎていたり、空ばかりが写っているような写真もある。


それでも、僕はどれも好きだった。


「これ、見て」


舞夜が一枚の写真を指差した。


そこには、二人で並んで座り、カメラに向かって笑っている僕たちが写っていた。


「今年最初の思い出の一つだよね」


「そうだね」


「なんだか、ずいぶん前のことみたい」


舞夜は小さく笑った。


「そんなに時間は経ってないよ」


「分かってる。でも、あれからいろいろ変わった気がするの」


僕は写真を見つめた。


彼女の笑顔も、僕の手を取る癖も、以前と変わらない。


僕に近づこうと決めて、少しずつ自分の気持ちを教えてくれた女の子。


けれど、僕自身は最初に出会った頃とは違っていた。


あの頃は、舞夜と一緒に過ごす時間が楽しいと思っていた。


今は、それだけじゃない。


チャイムが鳴って、その時間が終わることが寂しい。

家に帰ってからも、彼女と話したいと思う。

これから先も、彼女と一緒に時間を過ごしたい。


まだ知らないことを知りたい。

彼女が不安なときに、そばにいてあげたい。

小さな成功を、一緒に喜びたい。


そして、何かに悩んだとき、気兼ねなく頼ってもらえる存在になりたい。


そのすべてが、自分の気持ちから生まれていることを、彼女に知ってほしかった。


「舞夜」


「うん?」


彼女はアルバムを閉じ、僕の方を向いた。


「明日、一緒に出かけない?」


舞夜の目が輝いた。


「デート?」


その言葉に、僕の顔が赤くなる。


「そ、そうとは言ってない!」


舞夜は楽しそうに首を傾げた。


「でも、違うとも言ってないよね?」


「ただ、一緒に出かけたいって聞いただけだよ」


「じゃあ、答えはもちろん、うん!」


あまりにも嬉しそうな返事に、僕も笑顔になった。


「まだ行ったことのない場所に行くのもいいし、歩きながら決めるのもいいかなって」


「それ、すごくいいと思う」


舞夜は再びアルバムを開いた。


「次の写真を撮る場所も探せるね」


「また写真?」


「もちろん! まだ空いてるページがたくさんあるんだから」


僕は、まだ写真のないページを見つめた。


それを埋めなければいけないとは思わなかった。


ただ、これから二人で過ごせる時間が、まだたくさんあるのだと思った。


「じゃあ、いろんな場所を探さないとね」


「いろんな場所?」


「うん。すぐに写真がなくなったら困るから」


舞夜は僕を見て、柔らかく微笑んだ。


「大樹がそういうことを言ってくれるの、好きだな」


「どういうこと?」


「まるで、本当に私たちの明日があるって思ってくれてるみたいだから」


胸が大きく跳ねた。


舞夜はアルバムの端をそっと撫でる。


「前はね、大樹との未来を想像するとき、どうやってもっと近づけばいいのかばかり考えていたの」


彼女は僕を見つめた。


「でも、今は大樹の方から誘ってくれたり、会いに来てくれたり、まだ知らないことを一緒に知りたいって思ってくれたりする未来を想像できる」


そして、微笑んだ。


「すごく幸せな気持ちになるんだよ」


すぐには返事ができなかった。


だから、僕は彼女の手を取った。


舞夜は指を絡め、笑顔を浮かべる。


僕たちはチャイムが鳴るまで、そのまま手をつないでいた。


立ち上がる前に、舞夜が不思議そうに僕を見た。


「ねえ、大樹。聞いてもいい?」


「もちろん」


「私に何か伝えたいこと、ある?」


心臓が一瞬、止まったような気がした。


あまりにも突然の質問で、返事を考える余裕がなかった。


舞夜は、僕の答えを急かすことなく、静かに待っていた。


何か心配事があるのか、それともただ気になっただけなのか。


彼女は、僕の気持ちを知りたがっている。


「……あるよ」


僕は答えた。


舞夜の目が少しだけ大きくなる。


「何か悪いこと?」


「違うよ。むしろ、その反対」


深く息を吸う。


「僕にとって、大切なことなんだ。ずっと、どうやって伝えようか考えてた」


舞夜は視線を少し落とした。


その頬が、ほんのりと赤く染まっている。


「そっか」


再び僕を見る。


「まだ準備ができていないなら、今すぐ話さなくてもいいよ」


その言葉に、安堵と同時に、強い決意が湧いてきた。


彼女に、自分の沈黙を気持ちがないことだと思ってほしくない。


緊張しているからといって、いつまでも逃げ続けるのも嫌だった。


「近いうちに、ちゃんと伝えたい」


僕ははっきりと言った。


舞夜が動きを止める。


「近いうちに?」


「うん。もう先延ばしにはしたくない」


数秒間、彼女は何かを尋ねようとしているように見えた。


けれど、最後には微笑んだ。


いつもの冗談を言うときとは違う、少し緊張した笑顔だった。


「分かった、大樹」


彼女は僕の手を優しく握った。


「じゃあ、話してくれるのを待ってるね」


今度は、その言葉を聞いても、すべてを彼女に任せているようには感じなかった。


僕はもう、決めていたから。


何が起こるのかは分からない。

彼女がどんな反応をするのかも、どんな質問をしてくるのかも、予想できない。


それでも、自分の気持ちは分かっている。


そして、それを伝えたいと思っている。


放課後、舞夜を駅まで送った。


空は晴れていて、夕日が建物の窓を金色に染めていた。


僕たちはゆっくり歩き、いつもの別れ場所にたどり着いた。


舞夜がこちらを向く。


「じゃあ、明日はデートだね」


「出かけるだけだよ」


「デートだよ」


「舞夜……」


「はいはい。一緒に出かけるだけ、ね」


彼女は笑った。


それから、少しだけ表情を柔らかくする。


「今日はありがとう、大樹」


「どうして?」


「迎えに来てくれたこと。明日誘ってくれたこと。それから、私に大切な話をしてくれるって教えてくれたこと」


彼女はつないだ手を見つめた。


「私を信頼してくれているんだって思えて、嬉しかった」


胸の奥が温かくなる。


「僕も、舞夜を信頼してるよ」


舞夜は微笑んだ。


そして、そっと近づき、僕の頬にキスをした。


「また明日ね」


「うん。また明日」


彼女が数歩離れたところで、もう一度振り返る。


「大樹!」


「どうしたの?」


「私に話すこと、忘れないでね!」


僕は笑った。


「忘れないよ!」


舞夜は笑顔を見せ、駅へ向かう人たちの中に消えていった。


僕はしばらく、その場に立っていた。


そして、彼女の表情を思い返す。


長い間、僕は恋をするということは、舞夜が僕に近づこうとしてくれた努力に対する答えを見つけることだと思っていた。


けれど、今は違う。


彼女の努力に応えるために、壮大な告白をする必要なんてない。


義務として、彼女の気持ちに応える必要もない。


世界で一番美しい言葉を探す必要だってない。


ただ、正直であればいい。


初めて出会った頃のこと。

彼女と一緒に過ごした時間。

気づかないうちに、彼女を探すようになっていたこと。

大切にしている思い出。

そして、これからも一緒に作っていきたい未来。


何より、自分が何を望んでいるのか。


僕はスマートフォンを取り出し、舞夜とのチャット画面を開いた。


メッセージを打つ。


舞夜、今までずっと待っていてくれてありがとう。


一度読み返してから、送信した。


少しして、彼女から返信が届く。


そんなこと、ありがとうって言わなくてもいいよ、大樹。


その下に、もう一つメッセージが続いた。


でも、今度は大樹が一緒に歩きたいって思ってくれてるのが嬉しい。


僕はその言葉を見つめた。


そして、スマートフォンをしまい、空を見上げた。


もう、舞夜に自分の気持ちを見つけてもらうのを待つ必要はない。


僕は、自分の気持ちを見つけた。


彼女に恋をしている。


そして、まだその言葉を口にしていないとしても、もう逃げるつもりはなかった。


次に舞夜と、自分の気持ちについて話すとき。


冗談でごまかしたり、重要なことを言わないまま会話を終わらせたりしたくない。


彼女の目を見て、心から伝えたい。


そして、いつか二人でその日のことを振り返ったとき、あの瞬間が、お互いにとって何者なのかを尋ねる必要がなくなった日だったと言えるようにしたい。


なぜなら、僕はもう答えを知っているから。


あとは、それを舞夜に伝えるだけだ。


第6章・完。

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


大樹はついに、自分の想いを伝える決意を固めました。

二人の関係がどのように変わっていくのか、次回もお楽しみに。

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