↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
336/347

いつも待っていてくれる女の子

休み時間を告げるチャイムが鳴ったのは、ちょうどノートを片づけ終えたときだった。


普段なら、この音は数分間の休憩を意味している。結衣や松と話したり、購買へ何か買いに行ったりできる時間だ。


けれど、その日は席を立つ間もなく、結衣が俺の机の前に立ちはだかった。


「どこ行くの?」


「ちょっと出かける」


「怪しい答えね」


「歩くのに説明が必要なわけ?」


「スマホを見ながら、恋愛小説の主人公みたいな顔で笑うようになってからは必要なんじゃない?」


その後ろに座っていた松が手を挙げた。


「俺は行かせてやるべきだと思うぞ。あまり引き止めたら、お姫様が待ちくたびれちまうからな」


「お姫様じゃない!」


思わず即答してしまった。


結衣がにっこり笑う。


「あら、じゃあ私たちも一緒に行っていいわよね?」


「それは困る!」


「ひどいわね、大樹」


「また後でな」


俺は鞄を肩に掛けた。


「よろしく伝えておいてくれよ!」


松が大声で叫ぶ。


「あと、ちゃんと呼吸するのよ!」


結衣まで余計なことを言ってくる。


二人を無視して教室を出た。


廊下を歩きながら、いつもより足取りが速くなっていることに気づいた。


遅刻しそうなわけではない。


ただ、早く舞夜に会いたかった。


三年生になってから、休み時間に舞夜を探しに行くことは、すっかり習慣になっていた。


最初は、別々のクラスになったことで会う時間が減ってしまうのではないかと心配していた。


けれど、あの静かな場所を見つけてからは、時間が合うたびにそこで待ち合わせるようになった。


そして少しずつ、会いに行くための理由を探す必要もなくなっていた。


会いたい。


ただ、それだけだった。


いつもの秘密の場所に着くと、舞夜は窓際でスマートフォンを見ていた。


春の光が長い濃い紫色の髪を照らしている。髪に留めた小さな飾りが、彼女がこちらを振り向いたとき、かすかに輝いた。


紫色の瞳と目が合う。


「大樹」


舞夜が微笑んだ。


いつも見せてくれる笑顔と、それほど違うわけではない。


それなのに、その表情を見るだけで、さっきまで考えていたことを忘れそうになる。


「やあ、舞夜」


「早かったね」


「舞夜もね」


「私は待ってたから」


あまりにも自然に言われたので、返事をするまで少し時間がかかった。


「そ、そうだね……俺も早く来たかったから」


舞夜が瞬きをする。


それから、唇を少しだけ緩めた。


「本当に?」


「どうしてそんなに驚くんだよ」


「だって、大樹がそう言ってくれるの、嬉しいんだもん」


彼女は俺に近づき、指を絡めてきた。


あまりにも自然な仕草だったので、驚きもしなかった。


いや、彼女の手の温もりに慣れすぎてしまったのかもしれない。


「最近は、大樹の方から私を探しに来てくれることが多いよね」


「それって、嫌なの?」


「まさか」


舞夜は首を横に振り、繋いだ手に一瞬だけ視線を落とした。


「すごく嬉しいよ」


たった一言。


それだけで、心臓の鼓動が少し速くなった。


俺たちは窓際のベンチに並んで座った。


数秒間、どちらも何も話さなかった。


建物の向こうからは、ほかの生徒たちの声が聞こえてくる。校庭からは、ボールが跳ねる遠い音も聞こえた。


何の変哲もない一日。


そして俺は、恋をしている女の子の隣に座りながら、彼女に伝えたいことをどう言葉にすればいいのか考えていた。


「舞夜」


「なあに?」


「ちょっと聞きたいことがあるんだ」


舞夜は俺の方を向いた。


「いいよ」


朝からいくつか質問を考えていた。


一人でいるときには大切に思えたものも、目の前に彼女がいると、どれも何だか違うように感じてしまう。


結局、俺は簡単な質問から始めることにした。


「ここで会うの、好き?」


舞夜が少し目を見開く。


「いつもの秘密の場所で?」


「うん」


「もちろん、大好きだよ」


迷いのない返事だった。


「授業を受けているとき、ときどき大樹は何をしているのかなって考えるんだ。結衣と話しているのかなとか、松にからかわれているのかなとか、それとも窓の外を眺めて先生の話を聞いていないのかな、とか」


「おい。授業はちゃんと聞いてるよ」


「はいはい」


彼女の笑顔から、まったく信じていないことが伝わってくる。


「それで、休み時間になったら会えるんだって思い出すの。そうすると、授業も少しだけ楽しくなるんだよ」


「少しだけ?」


「うーん……場合によるかな」


「何によるの?」


舞夜は秘密を打ち明けるように、少しだけ身を寄せてきた。


「大樹がどれくらい早く迎えに来てくれるか」


「それは俺だけの問題じゃないだろ! 課題を終わらせないといけないときだってあるんだから!」


「分かってるよ。だから場合によるって言ったの」


彼女はいたずらっぽい表情で俺を見る。


「でも、もう少し頑張ってくれてもいいんだよ?」


「本当に意地悪だな」


「それでも、私のことが好きなんでしょ?」


俺は動きを止めた。


舞夜も、自分が何を口にしたのか気づいたらしい。


頬がほんのり赤く染まる。


それでも、彼女は目を逸らさなかった。


「……そうだよね?」


声が少し小さくなる。


その瞬間、朝から考えていた言葉が、頭の中からすべて消えてしまった。


冗談で返すこともできた。


いつものように笑って、はっきり答えずに済ませることもできた。


その方が簡単だっただろう。


でも、もうそんなことはしたくなかった。


「うん」


俺は答えた。


舞夜が瞬きをする。


「えっ?」


「だから、うん」


耳が熱くなるのを感じながら、それでも言葉を続けた。


「舞夜と一緒にいるのが好きだよ。会いに来るのも、話をするのも、一日どうだったか聞くのも。会えない日には、次にいつ会えるんだろうって考えてしまう」


彼女は黙って俺の言葉を聞いていた。


「だから……うん。舞夜のことが大好きだよ」


まだ、ずっと準備してきた告白ではない。


いつか伝えようと思っていた、あの言葉そのものでもない。


それでも、嘘偽りのない気持ちだった。


そして初めて、俺はそれを隠そうとしなかった。


舞夜が俯く。


紫色の髪が顔の両側に流れ、赤くなった頬の一部を隠した。


「大樹……」


「何?」


「そんなこと、そんなに普通に言わないでよ」


「普通にって……! こっちはかなり頑張ってるんだからな!」


舞夜が小さく笑った。


「分かってるよ」


彼女が顔を上げる。


紫色の瞳が、言葉ではうまく説明できないほど温かく輝いていた。


「だから、すごく嬉しいの」


そして、そっと俺の肩に頭を預けた。


俺は動かなかった。


もう、何かを言う必要もない気がした。


数分間、俺たちはそのまま、ほかの生徒たちの遠い声を聞きながら、二人だけの小さな休憩時間を過ごした。


やがて、舞夜が再び口を開いた。


「ねえ、知ってる?」


「何?」


「前はね、大樹と一緒に過ごしたいとき、いつも何か理由を探していたんだよ」


俺は彼女を見る。


「覚えてるよ」


「大樹が一緒に来てくれるような言葉を、ずっと考えていたこともあった。もっと私のことを知ってほしかったし、近くにいないときも私のことを思い出してほしかった。それで、少しずつ私に恋をしてくれたらいいなって」


舞夜は少し恥ずかしそうに笑った。


「結構、自分勝手だったよね?」


「そんなことないよ」


「そう?」


俺は首を横に振った。


「好きな人に近づきたかっただけだろ」


舞夜はしばらく黙っていた。


「でも、今はもう、そんなに理由を探さなくてもいいかなって思うんだ」


彼女は続けた。


「大樹の方から誘ってくれるのが好き。会いたいと思って来てくれることも、聞かなくても今日あったことを話してくれることも」


繋いだ指に、少し力がこもる。


「大樹の毎日の中に、私の居場所があるんだって思えるのが嬉しいの」


胸の奥が温かくなった。


これまで俺は、舞夜がどうやって自分に近づいてきたのか、何度も考えていた。


誘ってくれたこと。


冗談を言ってくれたこと。


プレゼントをくれたこと。


そして、俺に自分の気持ちを意識させるような言葉を何度も投げかけてきたこと。


けれど、俺が同じように行動し始めたことが、彼女にとってどれほど嬉しいのかまでは、十分に分かっていなかったのかもしれない。


自分から会いに行くこと。


自分から誘うこと。


以前なら何でもないと思っていたことを、彼女と共有したいと思うこと。


「舞夜」


「なあに?」


「もう、俺と一緒にいるための理由を探さなくてもいいよ」


舞夜が肩から頭を離した。


「どういうこと?」


俺はゆっくり息を吸った。


「会いたいって言ってくれていい。一緒に出かけたいとか、散歩したいとか、ここで少し話したいとか。何も理由を作らなくていいんだ」


少し間を置いて、続けた。


「それに、俺だってそうするよ。舞夜に会いたいから会いに来る。それだけで十分だろ?」


舞夜は数秒間、俺を見つめていた。


そして、とても優しい笑顔を浮かべた。


「それが、私の聞きたかったことだよ」


休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。


あまりにも早すぎる。


俺たちは名残惜しそうに立ち上がった。


別れる直前、舞夜が俺の手をそっと引いた。


「大樹」


「ん?」


「明日も会いに来てくれるよね?」


俺は彼女を見た。


頑張ってみるよ、と答えることもできた。


宿題次第かな、とか、時間があれば行くよ、と言うことだってできただろう。


どれも、もっともらしい返事ではある。


でも、俺が本当に伝えたいこととは違っていた。


「うん。明日も行くよ」


舞夜が笑顔になった。


「じゃあ、待ってるね」


俺たちは手を離し、それぞれの教室へ戻っていった。


自分の教室へ向かいながら、俺は彼女の言葉を思い返していた。


『待ってるね』


舞夜はずっと、そうしてくれていた。


俺が近づいてくるのを。


彼女のことを理解できるようになるのを。


そして、気持ちがあまりにもはっきりしてしまうたびに逃げていた俺が、もう逃げなくなるのを。


けれど、これからは彼女だけに待たせたくない。


俺から歩み寄りたい。


自分から手を伸ばしたい。


もう少し一緒にいたいと誘い、彼女の存在が偶然ではなく、自分の人生の中で選び取ったものなのだと、行動で伝えたい。


それは、俺自身の意思で選んだことだった。


そして日を追うごとに、その選択を続けていきたいという気持ちは強くなっている。


まだ、自分の気持ちをすべて伝える言葉は見つかっていないけれど。

読んでいただき、ありがとうございます!


今回は、大樹が自分の気持ちを少しずつ素直に伝え始めました。

舞夜がずっと待っていた言葉が、二人の関係をどう変えていくのか。


次回もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。