何気ない一日の思い出
日曜日の夜、俺は三年生になってから作り始めた写真アルバムを開いていた。
まだ中身はそれほど多くない。
始業式の日に撮った写真や、いつもの秘密の場所の写真、それから休み時間に撮った何枚かの写真が入っている。
そして今、新しくカフェで撮った写真も加わった。
写真はスマートフォンに保存してあったが、その日の午後に印刷しておいた。週末が終わる前に、アルバムへ追加しておきたかったのだ。
俺はその写真を、ほかの写真の隣に貼り付けた。
そこには、自然な笑顔で俺を見つめる舞夜と、カメラの存在など忘れて彼女を見つめている俺が写っていた。
しばらく、その写真を眺める。
「……随分、舞夜のことを見ていたんだな」
あの瞬間のことは、よく覚えている。
舞夜がまたあのカフェに来たいと言って、それを聞いた俺は、これから二人でどんな場所へ出かけられるだろうと考え始めていた。
カメラのことなんて気にしていなかった。
ポーズを取ろうともしていなかった。
ただ、彼女の話を聞いているのが楽しかった。
そして、どうやらその気持ちが、そのまま写真に残っていたらしい。
机の上に置いていたスマートフォンが震えた。
舞夜:大樹、今何してるの?
俺は微笑んだ。
大樹:アルバムを整理してるよ。
舞夜:えっ!? 今日の写真はもう貼ったの!?
大樹:うん。ちょうど今貼ったところ。
舞夜:見たい!
俺はページの写真を撮って、彼女に送った。
数秒後。
舞夜:……
大樹:どうしたの?
舞夜:大樹。
大樹:何?
舞夜:どうしてそんなに私を見つめてるの?
思わず笑ってしまった。
大樹:カメラの方を見ていなかったことに気づかなかったんだ。
舞夜:そこじゃないよ!
大樹:じゃあ、何?
今度は返信が届くまで、少し時間がかかった。
舞夜:すごく幸せそうに、私と一緒にいるように見えるよ。
もう一度、写真を見つめる。
それから、返信した。
大樹:だって、本当に幸せだったから。
今度は、舞夜からすぐに返事が来なかった。
俺は画面を見つめながら、少し素直に言いすぎただろうかと考えていた。
やがて、メッセージが表示された。
舞夜:大樹って、時々、自分では気づかないうちに私をすごく幸せにすることを言うよね。
俺は笑顔になった。
大樹:自分の気持ちを口にすることに、少しずつ慣れてきたのかもしれない。
舞夜:じゃあ、これからも慣れていってね。
その言葉をしばらく見つめていた。
このやり取りには、何か特別なものがあった。
一緒にいなくても、気持ちを分かち合うことはできる。
短いメッセージでも、一枚の写真でも、二人で残したいと思う思い出でも。
それだけで、互いの気持ちを伝えられる。
それでも、こうして文字を打っているうちに、明日になって舞夜に直接会いたいと思っている自分に気づいた。
大樹:明日、アルバムを見せるよ。
舞夜:うん! でも、私にも何か追加させてね。
大樹:何を追加するつもり?
舞夜:それは秘密!
大樹:それじゃあ、何も分からないよ。
舞夜:だから秘密なんだよ。
俺は笑った。
舞夜:おやすみ、大樹。ゆっくり休んでね。
大樹:おやすみ、舞夜。舞夜もね。
スマートフォンを机に置き、もう一度アルバムに目を向ける。
あの写真は、決して完璧なものではなかった。
ページは少し傾いているし、写真の端もほかのものと完全には揃っていない。
それでも、貼り直そうとは思わなかった。
このまま残しておきたい。
なぜなら、あの午後に気づいたことを思い出させてくれるからだ。
俺たちが一緒に過ごす時間は、いつも特別な出来事で満たされている必要なんてない。
交わす会話が、毎回忘れられない名言になる必要もない。
それに、いつも面白い話題を用意しておく必要だってない。
舞夜と一緒に、楽しい日も、つらい日も共有したい。
お腹が痛くなるほど笑い合う時間も、ただ相手の話を聞いていたい時間も。
彼女が心配していることや、夢に思っていること、ほかの人には大したことではないと思われるような小さな喜びも知りたい。
いつも元気なふりをしなくても、俺には何でも話せると思ってほしい。
そして、俺自身もそうできるようになりたい。
彼女の隣にいるということは、ただ笑顔を見て楽しむだけではない。
本当の意味で、彼女のことを知りたいと思うことなのだ。
笑顔になれない日でも。
何を話せばいいのか分からないときでも。
思いもしなかった出来事に、二人で向き合わなければならなくなったとしても。
俺は、彼女のことを知り続けたい。
アルバムをそっと閉じた。
まだ、空白のページはたくさん残っている。
けれど、今はそれを急いで埋めたいとは思わなかった。
時間はある。
舞夜と一緒に、これからもたくさんの時間を過ごせる。
卒業後に何をしたいのか、自分の将来について考える時間もある。
自分の気持ちをもっと理解して、それをどう伝えるか考える時間もある。
でも、もうこれ以上考え続ける必要のないこともあった。
俺は舞夜に恋をしている。
結衣の前で認めた。
一緒に歩いているときにも気づいた。
そして、もう一度自分を選んでくれるかと舞夜に尋ねられたとき、その気持ちははっきりとした。
答えは変わらない。
そうだ。
もう一度、舞夜を選ぶ。
そして、これからも選び続けたい。
機嫌のいい日や、何もかもうまくいく日だけじゃない。
何の変哲もない日も。
退屈な日も。
写真に残すような出来事もなく、新しい場所へ出かける予定もない日だって。
そんな日でさえ、誰と一緒に時間を過ごしたいかと聞かれたら、俺は彼女を選ぶだろう。
月曜日の朝、俺はいつもより少し早く学校に着いた。
教室へ向かい、自分の席に鞄を置いてから、アルバムを取り出す。
休み時間に舞夜へ見せようと思って、持ってきたのだ。
「それ、何?」
顔を上げると、結衣が俺の後ろに立っていた。
「おはよう」
「おはよう。ねえ、それ何?」
「写真アルバムだよ」
結衣の目が輝いた。
「えっ、もしかして大樹と舞夜のアルバム!?」
「声が大きいって!」
遅かった。
ちょうど教室に入ってきた松が、すぐに近づいてくる。
「何があったんだ?」
結衣がアルバムを指さした。
「大樹が舞夜との写真を集めたアルバムを持ってきたの!」
松が俺を見る。
それからアルバムを見て、最後ににやりと笑った。
「お前、俺たちの目の前で恋愛物語を進めておいて、見せてくれないつもりか?」
「写真展じゃないんだけど!」
結衣がアルバムに手を伸ばす。
俺は慌てて手の届かないところへ移動させた。
「待ってよ! まずは舞夜に見せたいんだ!」
結衣がぴたりと動きを止めた。
松も同じだった。
二人は顔を見合わせる。
そして、俺がよく知っている、あの笑顔を浮かべた。
「なるほどね」と結衣。
「よく分かった」と松。
「何も分かってないだろ」
「はいはい、大樹」
「もちろん、分かってるよ」
二人はほとんど同時に答えた。
俺はため息をついた。
三年生になってまだ間もないというのに、もう疲れてしまいそうだ。
けれど、アルバムを鞄にしまいながら、思わず笑みがこぼれた。
昼休みになれば、舞夜が俺を探しに来てくれる。
そして、一緒に撮ったあの写真を見たとき、どんな表情をするのか見てみたかった。
彼女の感想を聞きたい。
一緒に笑いたい。
このアルバムに、一ページずつ思い出を増やしていきたい。
最後に何ページ残るのかなんて、今は気にせずに。
もしかしたら卒業する頃には、二人で写真を見返しながら、どれほど変わったのかと驚くかもしれない。
あるいは、変わらないものもあるのかもしれない。
彼女の笑顔。
まっすぐ目を見つめられたときの俺の緊張。
結衣と松のからかい。
そして、互いの道が再び交わるたびに感じる、あの幸せな気持ち。
未来がどうなるのかは、まだ分からない。
でも、以前ほど不安には感じなくなっていた。
まだ一番大切な一歩を踏み出せずにいるけれど、そのときが来たら何を伝えたいのかは分かっている。
舞夜に知ってほしい。
俺が彼女の隣にいるのは、ただ彼女に恋をするよう言われたからじゃない。
自分の意思で、彼女を選びたいと思うようになったからだ。
舞夜を。
何度でも。
特別な日にも、何気ない日にも。
これまで一緒に作ってきた思い出の中でも、これから待っている思い出の中でも。
結局、俺が一番望んでいるのは、完璧な写真で埋め尽くされたアルバムを手に入れることではない。
いつか二人の物語を振り返ったとき、その長い時間の中で、ずっと彼女と一緒に歩くことを選び続けてきたのだと気づけることだ。
そして今度こそ、舞夜に恋をしているのかと尋ねられたとき、恐れずに目を見て答えたい。
約束を果たすためではない。
ずっと胸の中で育ててきた本当の気持ちを、ようやく伝える勇気を持てたから。
俺は舞夜に恋をしている。
そして、そのことを自分の声で、最初に彼女へ伝えたい。
読んでいただき、ありがとうございます!
今回は、何気ない日常の中にも大切な思い出があることを描きました。
空白のページが、これから二人の時間で少しずつ埋まっていくのが楽しみですね。
次回もよろしくお願いします!




