待ち遠しい休み時間
舞夜と昼食を食べ終えた僕たちは、本校舎へと戻った。
休み時間が終わるまで、まだ少し時間があったので、二人だけの秘密の場所へ向かうことにした。
最近、あの静かな場所は、僕の日常に欠かせないものになりつつあった。
以前なら、休み時間に一息つきたいときは教室に残ったり、松と何かをして過ごしたりしていた。
でも、今は違う。
舞夜と一緒に過ごせるとわかっているから、自然と足が向かう場所ができたのだ。
「ねえ、大樹くん。ひとつ聞いてもいい?」
「もちろん」
舞夜はベンチに腰を下ろし、隣に鞄を置いた。
「違うクラスで過ごすことには、もう慣れた?」
僕も彼女の隣に座った。
「まあ、それなりにね。まだ、教室に舞夜がいないことに違和感を覚えるときはあるけど」
「私もだよ」
「でも、悪いことばかりじゃない気がする」
舞夜がこちらを向いた。
「どうして?」
「だって、今は舞夜に会いに行くために、わざわざ席を立つ理由ができたから」
彼女はしばらく僕を見つめていた。
それから、ふっと笑った。
「今の、ちょっと素敵なこと言ったね」
「別に、素敵に聞こえるように言ったわけじゃないよ」
「じゃあ、本当にそう思ってるの?」
僕は黙り込んだ。
舞夜が少しだけ顔を近づけてくる。
「大樹くん?」
「……何?」
「質問してるんだけどな」
「わかってるよ」
「じゃあ、答えて?」
僕は思わず視線を逸らした。
「……うん。本当にそう思ってる」
舞夜は満足そうに微笑んだ。
「よかった」
彼女はベンチに座り直し、膝の上に両手を置いた。
「ねえ、最初は違うクラスになるのって、もっと寂しいと思ってたんだ」
「今は?」
「今は、ちょっと好きかも」
「……離れ離れになるのが?」
「そういう言い方しないでよ」
舞夜に腕を軽く叩かれた。
「会いに行く理由が増えたのが、嬉しいの」
僕は彼女を見つめた。
「同じクラスだったときは、会いたいと思えばいつでも大樹くんの姿が見えたでしょ? 話さなくても、そこにいるってわかってたし」
舞夜は自分の手元に視線を落とした。
「でも今は、授業が終わって、休み時間に大樹くんに会えるって思うと、少しだけドキドキするんだ」
「……舞夜も?」
彼女が顔を向けた。
「どうしてそんなに驚くの?」
「だって、いつも僕のほうが舞夜にドキドキさせられてるから」
「いつも?」
舞夜はいたずらっぽく笑った。
「じゃあ、大樹くんは私にドキドキしてるって認めるんだ?」
「いや、そういう意味じゃなくて!」
「でも、そう言ったよね?」
「舞夜……」
彼女は楽しそうに笑った。
そして、いつものように、僕までつられて笑ってしまった。
本当にずるいと思う。
舞夜は、何でもない会話を、いつの間にか僕が反論できない状況に変えてしまう。
それなのに、そんな時間が嫌ではなかった。
彼女を笑わせるために、無理をする必要はない。
何を話せばいいのか、いちいち考え込む必要もない。
ただ、自分らしくいればいい。
そう思えるからこそ、僕は彼女と過ごす時間を、もっと増やしたいと思うのかもしれなかった。
そのとき、舞夜が鞄を開け、小さなノートを取り出した。
「そうだ。大樹くんに見せたいものがあったんだ」
「何、それ?」
「私のリスト」
「リスト?」
舞夜はノートの最初のページを開き、僕に見せてくれた。
一番上には、丁寧な文字でこう書かれていた。
『三年生の間に作りたい思い出』
その下には、いくつもの項目が並んでいた。
一緒に写真を撮る。
新しい場所を訪れる。
試験が終わったら、おいしいものを食べる。
夕焼けを見る。
何か思いがけないことをする。
そして、最後に書かれた一文を読んだとき、僕は思わず目を止めた。
『二人とも忘れたくないと思える思い出を作る』
僕は、もう一度リストを読み返した。
「これ、いつ書いたの?」
「昨日の夜だよ」
「昨日?」
「うん。なかなか眠れなくてね。今年は大樹くんと何をしたいかなって、いろいろ考えてたの」
舞夜は次のページをめくった。
そこにも、まだ書きかけのアイデアがいくつも並んでいた。
「全部できなくてもいいんだよ。こういうことができたらいいなって、思いついたものを書いてるだけだから」
「……いいね、これ」
舞夜が顔を上げた。
「本当?」
「うん。でも、ひとつ追加したいことがあるかな」
「何?」
僕はノートを受け取るために手を差し出した。
舞夜は不思議そうにしながらも、ノートを渡してくれた。
空いている行を見つけ、そこに書き加える。
『また来たいと思える新しい場所を見つける』
書き終えてノートを返すと、舞夜はその一文を読み、柔らかく微笑んだ。
「このアイデア、好き」
「学校の外にも、二人で行ける場所があったらいいと思って。公園でも、カフェでも、まだ行ったことのない場所でもいいし」
「すごく遠い場所だったら?」
「そこにたどり着くまでの冒険も、思い出になるよ」
舞夜は小さく笑った。
「じゃあ、私に付き合ってくれる?」
「もちろん」
即答してから、僕は自分の返事の速さに気づいた。
舞夜も、それに気づいたらしい。
彼女はノートを閉じ、胸元に抱えた。
「最近、大樹くんって、そういうことを簡単に言うようになったよね」
「そういうこと?」
「一緒に行きたいとか、会いたいとか、迎えに来るよとか」
舞夜は僕の目を見つめた。
「前から言ってくれてたけど、最近は少し違う気がするの」
心臓が、少しずつ速くなっていく。
……気づかれているのだろうか。
以前ほど、自分の気持ちを隠そうとしなくなったことに。
「……一緒にいるのが、どれだけ楽しいことなのか、前よりもわかるようになったからかもしれない」
答えたのは、そんな言葉だった。
すべてを伝えたわけではない。
けれど、嘘でもなかった。
舞夜は黙って僕を見つめていた。
やがて、微笑んだ。
「私も、大樹くんと一緒にいる時間が大好きだよ」
そう言って、彼女は首元のペンダントに目を落とした。
木々の葉の間から差し込む光を受け、星と花の小さな飾りがきらりと輝いた。
「これを見るたびに、ホワイトデーのことを思い出すんだ」
「今でも?」
「もちろん」
舞夜はペンダントにそっと触れた。
「大樹くんがアルバイトをして、これを買ってくれたこと。私のためにチョコレートを作ってくれたこと。それから、どうしたら喜んでもらえるかなって、一生懸命考えてくれたこと」
「……喜んでもらいたかったからね」
「うん。すごく嬉しかったよ」
舞夜は顔を上げた。
「でも、一番嬉しかったのは、大樹くんが私のことをたくさん考えてくれたってわかったことなの」
僕は、何も言えなくなった。
舞夜はそっと僕の手を取り、指を絡めた。
「だから、これからも大樹くんと一緒に思い出を作りたい」
僕は、彼女の手を優しく握り返した。
「……うん。そうしよう」
舞夜は微笑んだ。
「約束だよ?」
「約束」
そのとき、チャイムが鳴った。
僕たちは立ち上がったものの、どちらもすぐには離れようとしなかった。
舞夜はノートを鞄にしまい、肩に掛け直した。
「じゃあ、放課後にね」
「うん。待ってるよ」
「いつも大樹くんが待っててくれなくてもいいんだよ? 私から会いに行くことだってできるんだから」
「わかってる」
僕は笑った。
「でも、僕がそうしたいんだ」
舞夜は、しばらく僕を見つめていた。
何か言いたそうな顔をしていたけれど、結局、言葉にはしなかった。
代わりに、もう一度だけ僕の手を握った。
「じゃあ、また後でね、大樹くん」
「うん。またね、舞夜」
彼女が廊下を歩いていく。
ほかの生徒たちの間に姿が隠れ、やがて見えなくなるまで、僕はその背中を見送っていた。
それから、自分の教室へ戻った。
席に着くと、松が怪しげな笑みを浮かべて待ち構えていた。
「どうだった? 秘密の会議は」
「会議じゃないって」
「じゃあ、何をしてたんだよ?」
「話してただけ」
「へえ。そりゃ、楽しそうだな」
「……詳しく聞きたい?」
松は両手を上げた。
「いや、遠慮しておく。自分の精神衛生は大切にしたいからな」
そう言って笑う松を横目に、僕は次の授業の準備を始めた。
ノートを取り出し、教科書を開く。
けれど、その前に、舞夜の小さなノートのことを思い出した。
彼女が僕と一緒にやりたいと思ってくれていること。
これから見つける、新しい場所。
二人で撮る写真。
そして、まだ出会っていない、たくさんの思い出。
そう考えているうちに、僕は自分の中にある変化に気づいた。
以前は、未来について考えるとき、次の試験や休暇、卒業後に何をするのかといったことを思い浮かべていた。
でも、今は違う。
どんな予定を思い描いても、気づけば舞夜の姿が、その中にある。
この先、僕たちにどんな未来が待っているのかはわからない。
それでも、できる限り多くの時間を、彼女と一緒に過ごしたいと思っていた。
もしかすると、僕が休み時間をこんなにも待ち遠しく感じる理由は、そこにあるのかもしれない。
ただ舞夜に会いたいから、それだけじゃない。
一緒に過ごすたびに、彼女のそばにいたいと思う理由が、ひとつずつ増えていくからだ。
そして、それを理解すればするほど……。
この気持ちが一時的なものだと、自分に言い聞かせることは難しくなっていた。
今回も読んでくださって、ありがとうございます!
三年生の間に作りたい思い出をリストに書き始めた舞夜。
大樹もまた、彼女と一緒に過ごす未来を自然と思い描くようになっています。
何気ない休み時間が、二人にとって特別な時間へと変わっていく。
これからどんな思い出が増えていくのか、引き続き見守っていただけたら嬉しいです。
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次回もよろしくお願いします!




