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いつもと違う朝

月曜日の朝。


学校へ向かって歩きながら、僕は週末の間ずっと考えていたことを、また思い返していた。


舞夜への気持ち。


少し前までの僕なら、きっと何かと言い訳をして、その考えを頭の隅に追いやろうとしていただろう。


ただ一緒にいるのが楽しいだけだとか。


長い時間を一緒に過ごしているのだから、会いたくなるのは当然だとか。


仲のいい友達だから、彼女のことが気になるだけだとか。


そんなふうに、自分に言い聞かせていたはずだ。


でも、もう簡単には自分をごまかせなくなっていた。


僕は結衣の前で、自分の気持ちを認めた。


舞夜に恋をしているのだと思う。


……いや。


今になってもまだ「そう思う」なんて言い方をするのは、本当のことから逃げているだけなのかもしれない。


「……僕は、舞夜に恋してるんだ」


誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。


自分の口から本当にその言葉が出たのか、自分でもわからないほどだった。


「誰に?」


「うわっ!?」


突然声をかけられ、僕は飛び上がりそうになった。


隣では、パンの入った袋を持った松が、妙に落ち着いた顔でこちらを見ていた。


「いつからいたんだよ!?」


「お前が独り言を始めたときから」


「独り言なんて言ってない!」


「はいはい。空気と真剣に会話してたんだな」


「……もういい」


僕は歩く速度を上げた。


けれど、松はパンをかじりながら、何事もなかったようについてくる。


「ところで、今日の休み時間も舞夜のところに行くのか?」


「たぶんね」


「放課後は?」


「時間が合えば、一緒に帰るよ」


「じゃあ、明日は?」


僕は横目で松を睨んだ。


「お前、何なんだよ」


「いや、お前の予定を把握しようと思って」


「そんな予定なんてない」


「じゃあ、頭の中に専用アプリでも入ってるんじゃないか? 『舞夜に会いに行く』っていう」


「本当に置いていくぞ」


松は声を上げて笑った。


「わかった、わかった。もうからかわないって」


そう言ってから、彼は一瞬だけ真面目な顔になった。


「でも、よかったよ。大樹」


「……何が?」


「前より、自分の気持ちに正直になれたみたいだからさ」


僕は何も答えられなかった。


松は肩をすくめ、そのまま歩いていった。


「じゃあ、教室でな」


友達というのは、ときどき本当に面倒くさい。


けれど、厄介なことに、時々こちらが聞きたい言葉を、絶妙なタイミングで口にしてくる。


僕はそんなことを考えながら、三年一組の教室へ入った。


席に着き、授業の準備をする。


午前中は先生の説明を聞き、ノートを取り、クラスメイトと話をしながら過ごした。


授業に集中しようとはしていた。


それでも、時計を見るたびに、次の休み時間のことを考えてしまう。


舞夜のこと。


ちゃんと学校に着いただろうか。


今頃、三年二組では何をしているのだろう。


そして……早く会いたい。


僕は鉛筆をノートの上に置き、小さく息を吐いた。


……さすがに、おかしいだろ。


僕はもともと、誰かといつでも話していなければ落ち着かないような人間ではなかった。


ゲームをしたり、本を読んだり、何か別のことをしたり。


一人で過ごす時間だって、普通に楽しめる。


それなのに、今は舞夜が別の教室にいるとわかっているだけで、気づけば時計を見てしまう。


「大樹」


顔を上げると、結衣が僕の机のそばに立っていた。


「何?」


「チャイムが鳴るのを待ってるの? それとも、舞夜が窓から現れるのを待ってるの?」


「どうして窓から現れるんだよ!?」


「さあ? 最近の大樹なら、それくらいありそうだなって」


「大げさだろ」


結衣は楽しそうに笑った。


「はいはい、そういうことにしておくね」


それ以上は何も言わず、自分の席へ戻っていった。


ただ、座る直前に、もう一度こちらを見た。


……嫌な目だった。


何かを見つけて、それをいつ使おうかと考えている人間の目だ。


僕は精神衛生のためにも、結衣のことは考えないようにした。


そして、ようやく休み時間がやってきた。


ノートをしまい、スマートフォンを取り出す。


舞夜とのトーク画面を開いた。


『大樹くん、もう授業終わった?』


思わず、顔が緩んだ。


……しまった。


『うん。舞夜も終わった?』


『ちょうど終わったところだよ』


『今、どこにいる?』


『階段の近く』


『すぐ行くね』


メッセージを送ると、僕は勢いよく立ち上がった。


椅子の脚が床を擦り、音を立てる。


窓際でパンを食べていた松が、こちらを見た。


「緊急事態か?」


「違う」


「火事?」


「違うって!」


「じゃあ、どうしてそんなに急いでるんだよ?」


「急いでない!」


僕は松の次の言葉を聞く前に、教室を飛び出した。


廊下を進み、階段を下りる。


そして、そこに彼女はいた。


舞夜。


長い濃い紫色の髪を肩に流し、僕を見つけると、ぱっと笑顔を浮かべた。


小さくて、自然な笑顔。


この一年、何度も見てきた笑顔だった。


それなのに、彼女がそんなふうに笑ってくれるたび、僕の中の何かが、本来あるべき場所に収まるような気がする。


「大樹くん」


「舞夜」


僕は彼女のそばまで歩み寄った。


「お昼、もう食べた?」


「まだだよ。大樹くんを待ってたの」


「先に行っててもよかったのに」


「そうだね」


舞夜は少しだけ首を傾げた。


「でも、一緒に行きたかったから」


心臓が、小さく跳ねた。


何気ない一言だった。


特別な意味なんて、ないのかもしれない。


舞夜は今までにも、似たようなことを何度も言ってくれた。


それでも最近は、彼女の言葉が、会話が終わったあともずっと心に残るようになっていた。


「……じゃあ、行こうか」


僕がそう言うと、舞夜は嬉しそうに頷いた。


僕たちは並んで、中庭へ向かって歩き始めた。


数秒間、会話はなかった。


周囲からは、ほかの生徒たちの声が聞こえてくる。


廊下を歩く足音。


休み時間の賑やかな話し声。


学校の日常を形作る、いつもと変わらない音。


そんな中で、舞夜が僕を見た。


「大樹くん」


「ん?」


「何かあった?」


僕は心の中で固まった。


「……どうして?」


「だって、さっきから少し変だもん」


「変?」


舞夜は僕の顔をじっと見つめた。


「私を見つけたとき、一度こっちを見てから、すぐに目を逸らしたでしょ?」


「……」


「それに、一緒に歩き始めてからも、何か言いたそうにしてたし。今だって、あんまり私の顔を見てくれない」


……まずい。


いつから、こんなに表情を読まれるようになったんだろう。


いや、考えてみれば、舞夜は昔からこうだったのかもしれない。


「別に、目を逸らしてるわけじゃないよ」


僕はそう言って、彼女の方を向いた。


目が合った。


紫色の瞳。


朝の光を受けて、静かに輝いている。


そして、僕は自分の失敗に気づいた。


目を合わせた途端、また緊張してしまったのだ。


舞夜は一度瞬きをした。


それから、ゆっくりと微笑んだ。


「あ……」


「その『あ』は何?」


「ううん、何でもないよ」


「舞夜」


「だって、ちょっとわかった気がするんだもん」


「何が?」


舞夜は一歩、僕に近づいた。


「最近、大樹くんが私を見るとき、緊張してるってこと」


一気に耳まで熱くなった。


「そ、そんなことないよ」


「本当に?」


「本当だよ」


舞夜は数秒間、僕の目を見つめた。


そして、そっと僕の手を取った。


「じゃあ、どうして顔が赤いの?」


……答えられなかった。


しかも、舞夜は僕が困っている様子を楽しんでいるようだった。


「……お昼、食べに行こう」


僕が小さな声で言うと、舞夜は素直に頷いた。


「うん」


僕たちは再び歩き始めた。


手をつないだまま。


舞夜はそれ以上、何も言わなかった。


ただ、楽しそうに微笑みながら、僕の隣を歩いていた。


一方の僕は、さっきのやり取りが頭から離れなかった。


以前なら、手をつなぐことは自然な行為だった。


今だって、自然なことには変わりない。


でも、それだけではなくなっていた。


彼女のそばにいたい。


笑顔を見たい。


彼女の話を聞きたい。


そして、何か理由がなくても、こうして手をつないでいたい。


……いつか、手をつなぐのに理由なんて必要なくなるくらいに。


もしかすると、問題は、僕の気持ちが突然変わってしまったことではないのだろう。


ただ、今まで見ないふりをしてきた気持ちを、ようやく認め始めただけなのかもしれない。


僕がそんなことを考えていると、舞夜がつないだ手を少し持ち上げた。


「私、これ好きだな」


「……何が?」


「休み時間に、大樹くんと会えること」


彼女は少しだけ間を置いた。


「クラスが違っても、こうして会いに来てくれるでしょ?」


僕は、彼女の手をそっと握り返した。


「当たり前だよ」


舞夜は僕を見た。


「……ずっと?」


思いがけない質問だった。


毎日が、これからも同じように続くとは限らない。


未来のことは、まだ何もわからない。


だから、何があっても絶対に、と簡単に約束することはできなかった。


でも、自分がどうしたいのかなら、答えられる。


「できる限りは、ずっと」


舞夜の笑顔が、いっそう柔らかくなった。


「じゃあ、私も待ってるね」


僕たちは、そのまま中庭へ向かって歩き続けた。


舞夜は、クラスメイトとの間で今朝起きた出来事を楽しそうに話してくれた。


僕はその話に耳を傾けながら、不思議な安心感を覚えていた。


すべての答えを、今日中に見つける必要はない。


まだ覚悟ができていない言葉を、無理に口にする必要もない。


けれど、もうひとつだけ、自分に隠したくないことがあった。


朝になれば、舞夜に会いたいと思う。


休み時間になれば、彼女を探しに行きたいと思う。


そして、別々の場所へ戻るたび、次に会える瞬間を待ち遠しく感じる。


いつから、こんなにも強く思うようになったのかはわからない。


でも、ひとつだけ確かなことがある。


明日も、あの廊下で舞夜がいつものように笑ってくれたら。


僕はきっと、また彼女の隣を歩くことを選ぶだろう。


そして、初めて思った。


その未来を想像しても、もう怖くはなかった。


ただ、嬉しかった。

今回も読んでくださって、ありがとうございます!


自分の気持ちを認めた大樹は、舞夜と過ごす何気ない時間にも、以前とは違う想いを感じるようになりました。


まだ告白には踏み出せなくても、彼女の隣にいたいという気持ちは、もう隠しきれません。


二人の関係がこれからどう変わっていくのか、引き続き見守っていただけたら嬉しいです。


ブックマークや評価も励みになります。

次回もよろしくお願いします!

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