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まだ口にできない答え

空が、少しずつオレンジ色に染まり始めていた。


僕と舞夜は、休み時間に過ごす二人だけの居場所となった、小さなテラスにまだ座っていた。


僕たちの間には、カメラが置かれている。


画面には、さっきまで見返していた最後の写真が表示されていた。


舞夜はカメラの電源を切り、大切そうにしまった。


「私、この場所好きだな」


「僕もだよ」


「ここを見つけたとき、何を考えたと思う?」


「何だろう?」


「三年生の間、ずっとここに来られたらいいなって」


「寒くなっても?」


「寒くなっても」


「雨の日は?」


「そのときは、別の場所を探せばいいよ」


僕は思わず笑った。


「舞夜は、いつも解決策を見つけるね」


「何でも解決できるわけじゃないよ」


舞夜は少しだけ視線を落とした。


「まだ、答えがわからないこともあるから」


「例えば?」


彼女は数秒間、考えてから答えた。


「卒業した後、どうなるのか、とか」


また、その話に戻ってきた。


未来。


「僕も、まだわからないよ」


「でも、ひとつだけわかってることがあるの」


僕は舞夜を見た。


「何?」


彼女は、そっと僕の手を取った。


「卒業するまで、これからも大樹くんとたくさんの思い出を作りたい」


「……うん。僕もだよ」


「それから、卒業した後もね」


僕は言葉を失った。


数秒後、舞夜が顔を上げた。


「大樹くん」


「何?」


「もし、私たちが初めて出会った日に戻れるとしたら……」


突然の質問に、僕は驚いた。


「出会った日?」


「うん」


「どうして?」


「何か変えたいことがあるのかなって、気になったから」


僕は、あの日のことを思い返した。


すべてが始まった日。


最初に交わした言葉。


何気なく僕の日常に現れて、やがて僕のすべてを変えることになる女の子。


「……何も変えないよ」


舞夜は意外そうに目を見開いた。


「何も?」


「うん。何も」


「恥ずかしかったことも?」


「それは……」


舞夜がくすくすと笑った。


「やっぱり、何かあるんじゃない」


「いや、そういう意味じゃなくて……」


僕もつられて笑った。


「でも、真面目な話、本当に何も変えたくないんだ」


舞夜を見つめながら、そう告げた。


「どうして?」


僕はゆっくりと息を吸った。


「もし、たったひとつでも何かを変えてしまったら……」


つないだ手に視線を落とす。


「今、こうして舞夜と一緒にいることも、なかったかもしれないから」


舞夜は黙って僕を見つめていた。


「それに……舞夜と出会わなかった人生なんて、想像したくないんだ」


彼女の紫色の瞳が、わずかに大きくなった。


「大樹くん……」


「本当だよ」


僕は微笑んだ。


「もしかしたら、もっと気楽だったかもしれないけどね」


「気楽?」


「うん」


「どうして?」


「だって、今みたいに舞夜のことを心配しなくてもよかっただろうから」


舞夜は小さく笑った。


「それ、ちょっとひどくない?」


「待って、そういう意味じゃなくて!」


僕も笑いながら、慌てて言い直した。


「舞夜が大切だから、心配になるってことだよ」


舞夜の笑顔が、ふっと柔らかくなった。


「……うん。わかってる」


風が吹き、彼女の髪が頬にかかった。


舞夜は指先で、その髪を耳にかけた。


「じゃあ、何も変えたくないって言ってくれて嬉しい」


「僕も、そう言えてよかった」


僕たちは、しばらく黙っていた。


けれど、僕の心の中には、もう無視できないものがあった。


結衣の言葉が、再び頭に浮かんだ。


『大樹は、舞夜に恋してるんだよ』


今度は、それを否定しようとは思わなかった。


否定する意味なんて、もうなかった。


これまでのことを、ひとつずつ思い返す。


初めて出会った日。


最初に交わした会話。


舞夜が少しずつ僕に近づいてきたこと。


一緒に撮った写真。


お祭り。


クリスマス。


お正月。


初詣。


彼女が抱えていた過去。


文芸部での出来事。


舞夜が、ずっと傷ついていたことと向き合った日。


バレンタイン。


僕のためにチョコレートを作ってくれたこと。


ホワイトデー。


ペンダントを贈るために、アルバイトを頑張ったこと。


星と花のペンダント。


そして、僕の手を握ってくれた舞夜。


『逃げちゃだめだよ』


あの言葉も、今では大切な思い出になっていた。


そして、今。


僕たちは、この小さな秘密の場所にいる。


高校生活最後の一年を、一緒に過ごしている。


僕は舞夜を見た。


彼女は、優しく微笑んでいた。


その笑顔を見つめながら、ようやく理解した。


きっかけになったのは、たったひとつの瞬間ではなかった。


ある一日でもなければ、一枚の写真でもなかった。


すべてだったのだ。


交わした会話。


意見がぶつかったこと。


一緒に笑った時間。


何も話さず、隣にいた時間。


舞夜が誰かにそばにいてほしいと願ったとき。


僕が、どうしても彼女に会いたいと思ったとき。


そのすべてが少しずつ積み重なって、この気持ちを作り上げていた。


僕は、口を開いた。


伝えたかった。


舞夜に、言いたかった。


好きだよ。


君に恋をしているんだ。


けれど、その言葉は喉の奥で止まってしまった。


……まだ、言えなかった。


舞夜が不思議そうに僕を見つめた。


「どうしたの?」


僕はそっと首を横に振った。


「……何でもないよ」


舞夜は、それ以上追及しなかった。


ただ、優しく微笑んでくれた。


「そっか」


そして、ゆっくりと立ち上がった。


「そろそろ暗くなってきたね」


「そうだね」


僕たちは荷物をまとめた。


帰る前に、舞夜はもう一度だけ、二人の居場所を振り返った。


「明日も来ようね」


「もちろん」


僕たちは並んで歩き始めた。


その隣で、僕は考えていた。


いつか、必ず伝えなければならない。


でも、伝えるときには……。


ただ、三つの言葉を口にするだけでは終わらせたくなかった。


舞夜に、すべてを知ってほしい。


僕たちが一緒に過ごしてきた時間が、どれほど大切だったのか。


僕の答えは、今日になって突然生まれたものではない。


もっと前から始まっていたのだ。


もしかしたら、自分自身でも気づけなかった頃から。


だからこそ、その日が訪れたときには……。


僕にとって舞夜がどれほど大切な存在なのか、きちんと伝えたい。


これまで一緒に歩いてきた道のり。


二人で作ってきた思い出。


そのすべてにふさわしい言葉で。


だって、ここまで一緒に過ごしてきた舞夜には……。


僕たちの物語にふさわしい告白を、受け取ってほしいから。

今回も読んでくださって、ありがとうございます!


自分の気持ちをはっきりと理解した大樹。

けれど、まだ舞夜に伝えることはできません。


二人が積み重ねてきた思い出のすべてが、今の大樹の想いにつながっています。


いつか訪れる告白の日に、彼はどんな言葉を選ぶのでしょうか。

引き続き、二人の物語を見守っていただけたら嬉しいです。


ブックマークや評価も励みになります。

次回もよろしくお願いします!

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