結衣との会話
教室に戻った僕は、次の授業に集中しようとした。
けれど、うまくいかなかった。
舞夜の言葉が、ずっと頭の中を巡っていた。
『話せるようになったら、私に聞かせてね』
僕は、いったい何を伝えればいいのだろう。
答えは、もうわかっているような気がした。
けれど、それを声に出して伝えるとなると、話は別だった。
「大樹」
顔を上げると、自分の席に座っていた結衣がこちらを見ていた。
「何?」
「ちょっと来て」
「どこに?」
「廊下」
「どうして?」
「大樹と話したいことがあるから」
いつもとは違う口調だった。
冗談を言っているわけではなさそうだ。
僕は結衣の後について、ほかの生徒があまり通らない静かな廊下へ向かった。
結衣は壁に背中を預けた。
「よし」
「何があったんだよ?」
「ちょっと聞きたいことがあるの」
「どうぞ」
結衣は僕の目をまっすぐに見つめた。
「大樹は、舞夜のことをどう思ってるの?」
あまりにも直球な質問に、僕は言葉を失った。
「……どうしてそんなことを聞くんだよ?」
「大樹のことを知ってるから」
「それ、答えになってないだろ」
「それに、ずっと見てきたからね」
結衣は腕を組んだ。
僕は小さく息を吐いた。
「結衣……」
「今回はからかわないよ」
思いがけない言葉に、僕は少し驚いた。
結衣は真剣な表情を浮かべていた。
「だから、ちゃんと考えて答えてほしいの」
僕は彼女を見つめた。
「……わからないんだ」
「嘘」
「嘘じゃないって」
「じゃあ、ちゃんと考えてみて」
僕は黙り込んだ。
舞夜のことを、どう思っているのか。
今まで交わしてきた会話を思い出した。
一緒に撮った写真。
修学旅行。
クリスマス。
お正月。
初詣。
舞夜の家族と初めて会ったときのこと。
彼女が抱えていた過去。
文芸部での出来事。
バレンタイン。
ホワイトデー。
彼女に贈ったペンダント。
二人で交わした約束。
そして、三年生になった今。
舞夜がそばにいないとき、自分が何を感じるのか。
少しでも彼女に会える機会を探してしまうこと。
彼女がほんの少し笑ってくれるだけで、一日がまるで違って感じられること。
ひとつずつ思い返していくうちに、ようやく言葉が口をついて出た。
「……舞夜と離れていたくないんだ」
結衣は何も言わなかった。
「一緒にいると、落ち着くんだよ」
僕は続けた。
「何かあったら力になりたいし、舞夜が困っていたら助けたい」
「それは知ってる」
「舞夜が嬉しそうにしていると、僕まで嬉しくなる」
結衣は、ほんの少しだけ笑った。
「うん。それで?」
僕は深く息を吸った。
「それから……将来のことを考えたときも」
そこで、一度言葉が途切れた。
けれど、今度は目を逸らさなかった。
「舞夜が、そこにいるんだ」
結衣は静かに僕を見つめていた。
「……舞夜と一緒にいたいってこと?」
僕は頷いた。
「うん」
結衣は一瞬だけ目を閉じた。
そして、ゆっくりと微笑んだ。
「じゃあ、もう答えは出てるんじゃない?」
「答え?」
「そう」
彼女は僕の目を見た。
「大樹は、舞夜に恋してるんだよ」
その瞬間、心臓が止まったような気がした。
僕は何も答えられなかった。
けれど、結衣もそれ以上は何も言わなかった。
ただ、僕が自分の気持ちを認めるのを待っていた。
やがて、僕はゆっくりと視線を落とした。
「……そう、なのかもしれない」
声に出してみると、不思議な気持ちになった。
けれど、それと同時に……。
胸の奥が、少しだけ軽くなった気がした。
「僕は……舞夜に恋してるんだと思う」
結衣は微笑んだ。
からかうこともなかった。
余計なことを言うわけでもなかった。
ただ、僕の肩を軽く叩いた。
「よかった」
「……本当に?」
「うん」
「てっきり、笑われると思ってた」
「笑ってほしいなら、笑ってあげてもいいけど?」
「結衣!」
彼女は声を上げて笑った。
「でも、今はやめておくね」
そして、再び真剣な表情になった。
「大樹」
「何?」
「焦らなくてもいいんだよ」
「……わかってる」
「でも、逃げないでね」
その言葉を聞いて、僕はある言葉を思い出した。
『逃げちゃだめだよ』
舞夜が、以前僕に言った言葉だ。
「逃げるつもりはないよ」
そう答えると、結衣は満足そうに頷いた。
「なら、いいじゃん」
「いいって……それだけ?」
「ほかに何かある?」
「いや、別に……」
結衣は肩をすくめた。
「私は、大樹がようやく自分の気持ちに気づいたのか、確かめたかっただけだから」
「……結衣は、いつから気づいてたんだ?」
「何に?」
「僕が舞夜のことを好きだって」
結衣は意味ありげに笑った。
「それは秘密」
「おい、ずるいだろ!」
「いいの。私には秘密にする権利があるんだから」
僕たちは教室へ戻るために歩き始めた。
けれど、入口に着く直前、結衣が足を止めた。
「大樹」
「ん?」
「いつか、ちゃんと舞夜に伝えるときが来たら……」
結衣は優しく微笑んだ。
「その告白を、特別なものにしてあげてね」
僕は彼女を見つめた。
「どういう意味?」
「舞夜は、ずっと前から頑張ってきたでしょ?」
結衣は教室の扉に手をかけた。
「だから、いざそのときが来たら、ありきたりな告白で済ませないでね」
そう言って、結衣は教室へ入っていった。
僕は、しばらく廊下に立ち尽くしていた。
結衣の言葉が、頭の中に残っていた。
特別な告白。
僕は、廊下の向こうにある三年二組の教室を見つめた。
あの先に、舞夜がいる。
そして、初めて思った。
自分の気持ちを伝えることを、以前ほど怖いとは感じなくなっている。
まだ、今すぐにではない。
けれど、いつか。
その日が来たら、僕は自分の気持ちをきちんと言葉にしたい。
舞夜にふさわしい言葉を見つけたい。
だって、彼女は、その場の勢いで口にしただけの告白を受け取るような人じゃない。
僕たちが一緒に過ごしてきた時間。
笑い合った日々。
支え合った瞬間。
交わしてきた約束。
そのすべてに、ちゃんと答えられるような言葉を。
舞夜は、それを受け取るにふさわしい人なのだから。
今回も読んでくださって、ありがとうございます!
結衣との会話を通じて、ついに自分の恋心を認めた大樹。
まだ告白する覚悟はできていませんが、以前よりも一歩前へ進めたようです。
舞夜に伝えるその日、大樹はどんな言葉を選ぶのでしょうか。
二人のこれからを、引き続き見守っていただけたら嬉しいです。
ブックマークや評価も励みになります。
次回もよろしくお願いします!




