舞夜の質問
午後の授業は、特に何事もなく終わった。
それでも、僕の頭の中には昼休みに交わした会話がずっと残っていた。
『君と一緒にいたい』
あのとき、僕は深く考えることもなく、そう口にしていた。
けれど、思い返せば思い返すほど、その言葉が持つ意味を理解していく。
放課後、教室を出ると、舞夜が入口の近くで待っていた。
「大樹くん」
「待たせた?」
「ううん。そんなに待ってないよ」
舞夜は微笑んだ。
「行こっか」
「うん」
僕たちは並んで駅へ向かって歩き始めた。
しばらくは、何気ない話をしていた。
授業のこと。
先生のこと。
新しくなった学校生活のこと。
カメラのこと。
二人だけの秘密の場所のこと。
いつもと変わらない、穏やかな時間。
けれど、突然、舞夜が口を閉じた。
「どうしたの?」
「ちょっと考え事」
「何を?」
舞夜は前を向いたまま答えた。
「未来のこと」
予想していなかった答えに、僕は少し驚いた。
「未来?」
舞夜は小さく頷いた。
「うん」
そして、ほんの少し間を置いてから続けた。
「高校を卒業した後のこと」
その言葉が、僕たちの間に静かに浮かんだ。
高校を卒業した後。
少し前までは、まだずっと先のことだと思っていた。
でも、僕たちはもう三年生になった。
時間は、思っていたよりも速く進み始めている。
「大樹くんは、卒業した後に何をしたいか、もう決めてる?」
「まだかな」
「そっか。私もなんだ」
舞夜は少し困ったように笑った。
「なんだか、不安になるよね」
「そうだね」
「周りのみんなは、もう何かしら考えてるみたいだし」
「本当にそうかな?」
僕が尋ねると、舞夜は不思議そうにこちらを見た。
「違うと思う?」
「うん。たぶん、決まってるふりをしてるだけの人も多いんじゃないかな」
「ふふっ。大樹くんらしい答え」
「どういう意味?」
「いつも私を安心させようとしてくれるところ」
「それで、安心できてる?」
「少しだけね」
そう言って、舞夜は笑った。
僕たちは再び歩き始めた。
数秒後、舞夜がまた口を開く。
「ねえ。卒業した後の私たちって、どんな感じになってると思う?」
僕は少し考えた。
「うーん……あんまり想像できないかな」
「全然?」
「いや、考えたことはあるよ。でも、具体的には難しい」
「どうして?」
僕は後ろを振り返り、少しずつ遠ざかっていく学校を指差した。
「だって、僕たちはまだここにいるから」
舞夜も学校の方へ視線を向けた。
「ここで過ごす時間が、僕たちにとって当たり前になってるんだと思う。だから、その先のことは想像しにくいんじゃないかな」
「そっか……確かにそうだね」
舞夜は納得したように頷いた。
そして、次の瞬間。
僕は彼女から投げかけられた質問に、思わず足を止めた。
「じゃあ……大樹くんの未来には、私もいるの?」
「えっ?」
僕が顔を向けると、舞夜も立ち止まっていた。
「卒業した後の未来にも、私のことを想像してくれる?」
どう答えればいいのか、一瞬わからなくなった。
けれど、今度は簡単な言葉でごまかしたくなかった。
「……うん」
舞夜の瞳が、わずかに大きくなる。
「本当?」
「うん。本当だよ」
「どんなふうに?」
僕は考えながら、ゆっくりと言葉を選んだ。
「具体的に、どこにいるのかまではわからないし」
「うん」
「何をしているのかも、まだわからない」
「そうだよね」
「でも……」
僕は舞夜の目をまっすぐに見つめた。
「これからも、舞夜と会い続けたいと思ってる」
舞夜の表情が、ぱっと明るくなった。
「会うだけ?」
「いや、そうじゃなくて……」
自分の頬が熱くなっていくのを感じた。
「これからも、舞夜といろんなことをしたいんだ」
「例えば?」
「旅行に行ったり」
「うん」
「写真を撮ったり」
「うんうん」
「今まで行ったことのない場所を訪れたり」
「いいね」
「それから……」
そこで、言葉が途切れた。
舞夜は急かすことなく、僕の答えを待っていた。
「それから?」
「……これからも、たくさんの思い出を作っていきたい」
そう告げると、舞夜の表情が柔らかくなった。
「それ、すごく好き」
彼女はそっと僕の手を取った。
「じゃあ、約束しよう?」
「また?」
「また!」
舞夜は楽しそうに笑い、僕の小指に自分の小指を絡めた。
「卒業した後に何をするのか、まだ決まっていなくても……」
彼女は僕の目を見つめた。
「そのことばかり気にして、今を楽しむのを忘れないこと」
「……うん」
「せっかくの三年生なんだもん。卒業するときに、振り返りきれないくらいたくさんの思い出を作ろうよ」
絡めた小指に、僕もそっと力を込めた。
「約束する」
舞夜は嬉しそうに微笑んだ。
「これで、私たちには一年間あるね」
「そうだね。一年間」
口にしてみて、僕はふと思った。
一年間。
長いようで、きっとあっという間に過ぎてしまう時間なのだろう。
だからこそ、初めて思った。
一日一日を、大切に過ごしたい。
ただ、終わりが来るのを恐れているからじゃない。
舞夜と一緒に、その時間を生きていきたいからだ。
やがて、舞夜はゆっくりと僕の手を離した。
「大樹くん」
「ん?」
「ありがとう」
「ありがとうって……何が?」
舞夜は少しだけ頬を赤くしながら、優しく笑った。
「私を、大樹くんの未来に想像してくれて」
その言葉に、僕は何も返せなかった。
舞夜はそれ以上何も言わず、再び歩き始めた。
僕も彼女の隣に並ぶ。
駅へ向かう道を歩きながら、僕の心の中では、ひとつの考えが少しずつ大きくなっていた。
いつか、僕はもっと大切な質問に答えなければならないのかもしれない。
卒業した後、何をしたいのか。
どこへ行きたいのか。
何になりたいのか。
それも、もちろん大切なことだ。
でも、それ以上に大切な問いがある。
卒業を迎えたそのとき。
僕は――誰と一緒にいたいのだろう。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
卒業後の未来を考え始めた大樹と舞夜。
二人がこれからどんな思い出を作り、どんな答えにたどり着くのか、温かく見守っていただけたら嬉しいです。
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次回もよろしくお願いします!




