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二人だけの秘密の場所

最初の休み時間、僕と舞夜は特に目的地を決めずに歩いていた。


すぐにそれぞれの教室へ戻る気にはなれなかった。


とはいえ、二人で落ち着いて過ごせる場所がどこにあるのかも分からない。


中庭は生徒でいっぱいだった。


食堂も人が多すぎる。


図書室には、もっと分かりやすい問題があった。


……静かにしなければならない。


「どこか、いい場所ないかな?」


舞夜が尋ねてきた。


「うーん……」


僕は周囲を見回しながら考えた。


そのまま人通りの少ない廊下を歩いていると、ふと、ある場所を思い出した。


「あ、ちょっと待って」


「どうしたの?」


「たぶん、使えそうな場所がある」


舞夜が興味深そうに僕を見た。


「どこ?」


「ついてきて」


僕たちは階段を上り、普段はほとんど利用しない校舎の一角へ向かった。


廊下の突き当たりに、小さな扉があった。


僕はその扉を開けた。


その向こうにあったのは、以前、活動スペースとして使われていた建物内のテラスだった。


それほど広くはない。


いくつかのベンチと、植木鉢が並んでいる。


柵の向こうからは、中庭の一部も見渡せた。


そして、今は誰もいなかった。


舞夜は珍しそうに周囲を見回した。


「こんな場所があったんだね」


「僕も去年まで知らなかったんだけどね」


「じゃあ、どうして今まで来なかったの?」


「普段は閉まってることが多いんだ」


僕は扉を振り返った。


「今日は開いてたみたい」


舞夜はテラスの柵へ近づいた。


春の柔らかな風が、彼女の長い紫色の髪を揺らす。


「……きれいな場所だね」


「うん」


「それに、静か」


「本当にね」


舞夜はベンチの一つに腰を下ろした。


僕も、その隣に座る。


しばらくの間、僕たちは何も話さず、ただ静かな時間を楽しんでいた。


生徒たちの話し声も聞こえない。


先生の姿もない。


教室から響く物音も、ここまではほとんど届かなかった。


聞こえるのは、風の音と、中庭のほうからかすかに届く遠い声だけ。


「私、ここ好きだな」


舞夜がぽつりと言った。


「僕も気に入ったよ」


「ねえ、大樹くん」


「ん?」


「お昼休みにも、ここに来ない?」


僕は彼女の顔を見た。


「ここを、二人の場所にするってこと?」


舞夜は嬉しそうに微笑んだ。


「二人の場所……」


その言葉を口の中で確かめるように繰り返す。


「うん。いい響きだね」


そして、少し考えたあと、ぱっと顔を上げた。


「じゃあ、決まり!」


「そんなに簡単に決めていいの?」


「いいの!」


舞夜は得意げに人差し指を立てた。


「第一条。ここには、来たいときに来ていい!」


「分かった」


続いて、彼女はもう一本指を立てた。


「第二条。結衣ちゃんには、この場所のことを教えちゃ駄目!」


「……それは、難しいかもしれない」


「どうして?」


「結衣は何でも見抜くから」


僕が真顔で答えると、舞夜はくすくすと笑った。


「確かに、結衣ちゃんって鋭いもんね」


「気づいたら、いつの間にかここに来てそうだよ」


「じゃあ、頑張って秘密にしよう!」


「そうだね」


……本当に秘密にできるかは、かなり怪しいけれど。


舞夜は気を取り直したように、三本目の指を立てようとした。


「それから、第三条……」


「第三条?」


「うーん……」


彼女はしばらく考え込んだ。


「何かいい案があるの?」


そう尋ねると、舞夜は僕のほうを向いた。


「ここに来るたびに、二人で新しい思い出を作ること!」


「思い出?」


「うん!」


舞夜は大きく頷いた。


「三年生が終わるときに、ここで過ごした時間を全部思い出せるようにしたいの」


その言葉を聞いて、僕は少し考えた。


この前、二人でアルバムを作ろうと約束したばかりだ。


そして今日は、二人だけの場所を見つけた。


ここで過ごす時間も、きっといつか大切な思い出になる。


「……いいね。それ」


僕が微笑むと、舞夜も嬉しそうに笑った。


「じゃあ、約束だよ?」


彼女が手を差し出す。


僕はその小指に、自分の小指を絡めた。


「約束」


二人でしばらく、そのまま指を絡めていた。


やがて舞夜は、ふと顔を上げて空を見つめた。


「ここが、私たちだけの小さな秘密の場所だね」


「僕たちだけの、秘密の場所……か」


口にしてみると、思っていた以上に特別な響きがあった。


「まあ、一週間もしないうちに結衣に見つかりそうだけど」


僕が付け加えると、舞夜は吹き出した。


「もう! せっかくいい雰囲気だったのに!」


「いや、だって本当のことだし……」


「それでも、今は秘密なの!」


「分かった、分かった」


僕たちは顔を見合わせて笑った。


その時間が、いつまでも続けばいいと思った。


けれど、やがて休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「あ、戻らなきゃ」


舞夜が立ち上がる。


「そうだね」


僕たちは並んで扉へ向かった。


そして、テラスを出る直前。


舞夜が、もう一度振り返った。


「大樹くん」


「どうしたの?」


彼女は少しだけ照れくさそうに笑った。


「私ね、クラスが別々になってよかったって思う」


僕は驚いて彼女を見た。


「……本当に?」


舞夜は頷いた。


「うん」


それから、優しく微笑んだ。


「もしずっと同じクラスだったら、私たち、ここを見つけられなかったかもしれないでしょ?」


僕は思わず笑みを浮かべた。


……確かに、そうかもしれない。


同じ教室にいた頃は、いつでも会えることが当たり前だった。


だからこそ、わざわざ別の場所を探そうなんて、考えもしなかっただろう。


けれど、少しだけ環境が変わったことで、僕たちは新しい場所を見つけた。


新しい過ごし方を考えた。


そして、二人だけの秘密までできた。


小さな変化が、新しい何かを生み出してくれたのだ。


「……そうだね。僕も、ここを見つけられてよかったよ」


そう答えると、舞夜は嬉しそうに笑った。


「じゃあ、また来ようね」


「もちろん」


僕たちはテラスをあとにし、それぞれの教室へ戻るために歩き始めた。


廊下を歩きながら、僕は思った。


高校生活最後の一年。


これから先、どんな出来事が待っているのかは分からない。


楽しいことばかりではないかもしれないし、思いがけない変化だってあるだろう。


それでも。


この場所には、きっとたくさんの思い出が残っていく。


二人で笑ったこと。


何気ない話をしたこと。


小さな約束を交わしたこと。


そして、誰にも邪魔されずに、ただ一緒に過ごした時間。


卒業する頃には、このテラスも、僕たちにとって特別な場所になっているのかもしれない。


……いや。


きっと、そうなる。


僕は隣を歩く舞夜を見た。


彼女も、ちょうどこちらを見ていた。


目が合うと、二人で自然に笑った。


僕たちの秘密の場所で、これからどんな思い出が生まれるのだろう。


そんなことを考えながら、僕は彼女と一緒に教室へ戻っていった。

第312話を読んでくださって、ありがとうございます!


大樹と舞夜が見つけた、二人だけの秘密の場所。

ここが高校生活最後の一年で、どんな思い出を残していくのか楽しみですね。


そして、結衣に秘密を守り通せるのでしょうか……?


次回もよろしくお願いします!

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