文化祭の終わり、そして帰り道
審査員たちが帰ったあと、喫茶店は再びいつもの忙しさを取り戻した。
――いや。
俺たちなりの「いつも」だ。
教室の中を走り回り、息をつく暇もない。
「南!」
「今度は何だ?」
「八番テーブル、コーヒーのおかわりだって!」
「今行く!」
最後に座ったのがいつだったのか、もう覚えていない。
水を飲んだのがいつだったのかさえ、思い出せなかった。
それでも、気づけば時間は少しずつ過ぎていく。
窓の外では、夕日がゆっくりと沈み始めていた。
廊下を行き交う人の数も、少しずつ減っていく。
家族連れは帰り支度を始め、ほかのクラスの出し物も片づけを始めていた。
校内に流れる音楽も、昼間よりずっと静かになっている。
何時間も働き続けたあと、ようやく喫茶店に最後の客がやってきた。
「ご来店、ありがとうございました」
舞夜が丁寧に頭を下げる。
夫婦らしい二人組は笑顔でうなずき、そのまま教室を出ていった。
扉が静かに閉まる。
その瞬間、教室は静寂に包まれた。
騒がしかった数時間が嘘みたいな、穏やかな静けさだった。
「終わった……」
朝美がぽつりとつぶやく。
「生き残ったな」
松が机に突っ伏しながら言った。
「まだ片づけが残ってるけどね」
瑞希の一言に、教室のあちこちからため息が漏れた。
「今、それを言うなよ……」
俺たちはほとんど同時にそう言い返した。
片づけは、一時間近く続いた。
使い終わったカップを棚に戻し、テーブルクロスを丁寧にたたむ。
壁に貼られていた飾りも、一つずつ外していった。
さっきまで大勢の客でにぎわっていた教室は、少しずつ元の姿を取り戻していく。
そして、すべての作業が終わったころには、そこはいつもの教室になっていた。
机と椅子が整然と並び、黒板が見える。
ほんの数時間前まで喫茶店だったとは思えないほどだった。
だけど、不思議と少し寂しかった。
一週間かけてみんなで作り上げた場所が、たった一時間で消えてしまったからだ。
文化祭が終わるという実感が、そのとき初めて湧いてきた気がした。
すると、校内放送のスピーカーが再び音を立てた。
ピンポンパンポーン――。
『全校生徒は、閉会式のため中央広場へ集合してください』
俺たちは顔を見合わせる。
そして、ほとんど同時に立ち上がった。
いよいよ、文化祭も終わりを迎えようとしていた。
クラスメイトたちと一緒に中央広場へ向かう。
すでに多くの生徒が集まっていた。
ステージの照明が、夕暮れの校庭を明るく照らしている。
誰もが、結果発表を待っていた。
やがて、校長先生がマイクを手に取る。
「まずは、皆さん。本当にお疲れさまでした」
その言葉と同時に、大きな拍手が広場を包んだ。
「どのクラスも素晴らしい発表を見せてくれました」
再び拍手が響く。
そして、いよいよ表彰が始まった。
最優秀展示賞。
最優秀芸術賞。
創意工夫賞。
次々とクラスの名前が呼ばれていく。
そして――。
「最後に、文化祭最優秀企画賞を発表します」
一瞬、広場が静まり返った。
風の音だけが聞こえる。
「受賞したのは――」
誰もが息をのむ。
「二年B組です!」
その瞬間だった。
最初の数秒、誰も反応できなかった。
だが、次の瞬間。
「やったあああ!!」
結衣が飛び上がる。
松は大きく両手を突き上げた。
朝美は目に涙を浮かべている。
瑞希も、珍しく満面の笑みを見せていた。
そんな中、舞夜だけはその場に立ち尽くしていた。
まるで、まだ信じられないというように。
先生から記念のプレートを受け取る。
「本当によく頑張ったな」
クラス全員が拍手を送る。
そのとき、俺は自然と舞夜のほうを向いた。
すると、舞夜もこちらを見ていた。
そして、静かに微笑む。
言葉なんて必要なかった。
ここにたどり着くまで、どれだけの努力を重ねてきたのか。
俺たちは、お互いによく分かっていたからだ。
閉会式が終わると、生徒たちは少しずつ帰り始めた。
さっきまで大勢の人であふれていた校庭も、今ではずいぶん静かになっている。
ステージの明かりはまだついていたが、広場にはまばらに人影が残っているだけだった。
俺は近くのベンチに腰を下ろした。
さすがに疲れた。
五分だけでも休みたかった。
「……隣、いいですか?」
不意に声が聞こえ、顔を上げる。
そこに立っていたのは、舞夜だった。
「もちろん」
そう答えると、舞夜は静かに俺の隣へ腰を下ろした。
しばらく、どちらも何も話さなかった。
ただ、二人で夜空を見上げていた。
夕焼けはすでに消え、暗くなり始めた空には、ぽつぽつと星が見え始めていた。
不思議と、その沈黙は嫌じゃなかった。
むしろ、心地よく感じられた。
「ありがとうございます」
突然、舞夜がそう言った。
俺は隣を見る。
「何が?」
「全部です」
「それじゃ、さすがに曖昧すぎるだろ」
そう言うと、舞夜は小さく笑った。
「……そうですね」
一度、ゆっくりと息を吐く。
そして、夜空を見上げたまま続けた。
「文化祭の間、ずっと一緒にいてくれて、ありがとうございました」
疲れ切った体をベンチにもたせながら、俺は苦笑する。
「別に、お前は一人じゃなかっただろ。みんながいたし」
すると、舞夜は静かに首を横に振った。
「いいえ」
短く答えたあと、少しだけ間を置く。
「……私が言っているのは、文化祭のことだけじゃありません」
「え?」
思わず聞き返した。
けれど、舞夜はそれ以上何も言わなかった。
ただ、静かに微笑んでいる。
その言葉の意味は、俺にはまだよく分からなかった。
でも、一つだけ確かなことがあった。
今の言葉は、きっと舞夜の本心だった。
帰るためにベンチから立ち上がる。
すると、舞夜も静かに立ち上がった。
そして、俺たちは並んで歩き始める。
前でも後ろでもない。
ちょうど隣を。
数分間、会話はなかった。
それなのに、不思議と気まずさは感じなかった。
むしろ、その静けさは心地よかった。
少しずつ、お互いの存在に慣れてきているのかもしれない。
校門へ向かいながら、俺はふと考える。
あの日、舞夜が俺に言った言葉。
『私に恋をしてください』
俺はまだ、その理由を知らない。
舞夜の秘密も、何一つ分かっていない。
それでも、一つだけ確かなことがあった。
日が経つにつれて、俺は少しずつ思うようになっていた。
八神舞夜のいない日常なんて、もう想像できない、と。
Gracias por leer el capítulo 31, «El final del festival cultural y el camino a casa».
El festival cultural finalmente ha llegado a su fin.
Poco a poco, la relación entre Daiki y Maiya continúa cambiando.
La vida cotidiana de ambos todavía sigue adelante.
Nos vemos en el capítulo 32.




