始まったばかりの一年
店を出たあと、僕たちは特に目的地を決めることもなく、並んで歩き続けた。
四月の空気は心地よく、通りには始業式を終えて帰宅する生徒たちの姿があちこちに見られた。
舞夜は、買ったばかりの小さなカメラを両手で持っていた。
時折それを眺めては、次にどんな写真を撮ろうかと考えているようだった。
「ねえ、大樹くん。私、考えてたことがあるんだけど」
「何?」
「今年は、もっとたくさん写真を撮りたいなって」
「もっとたくさん?」
「うん!」
舞夜は指を一本立てた。
「まずは、三年生になった最初の日の写真でしょ?」
そして、もう一本。
「それから、文化祭のときの写真!」
さらに、もう一本。
「夏にも撮りたいし……」
「もう、ずいぶん予定が決まってるね」
「まだ終わってないよ?」
舞夜は楽しそうに笑った。
「クリスマスの写真も撮りたい!」
「それは、まだかなり先の話だね」
「いいの。先のことも考えるのが楽しいんだから」
舞夜は再びカメラに目を落とした。
「私ね、一冊のアルバムをいっぱいにしたいんだ」
「アルバム?」
「うん」
「僕たちの写真を全部入れるの?」
「全部じゃなくて、大切な写真をね」
僕は少し考えた。
「それなら、ページがたくさん必要になりそうだ」
「そうなってくれると嬉しいな」
舞夜は微笑んだ。
「高校を卒業するときに、そのアルバムを見ながら、この一年のことを思い出したいの」
その言葉を聞いて、僕は思わず足を止めた。
舞夜は数歩進んでから、僕が隣にいないことに気づいた。
「……大樹くん?」
僕は彼女を見つめた。
「そのアイデア、いいと思う」
「本当?」
「うん」
僕は舞夜の隣に戻った。
「僕も、舞夜と一緒に過ごしたこの一年を、ちゃんと覚えていたいから」
舞夜の表情が、ぱっと明るくなる。
「じゃあ、決まりだね!」
彼女は僕に手を差し出した。
「約束?」
「約束」
僕はその手を取った。
「これで決まり」
僕たちは、しばらく手をつないだまま立っていた。
やがて、舞夜がくすくすと笑い始めた。
「最近、私たちって約束ばかりしてるね」
「……確かに」
ホワイトデーのときも、これから一緒に思い出を作ろうと話した。
そして今日も、新しい約束を一つ増やした。
「でも、私は好きだよ」
舞夜が言った。
「こうやって、大樹くんと約束するの」
「僕も、嫌いじゃないよ」
「ふふっ。じゃあ、これからもいっぱい約束しようね」
「ほどほどにね」
「えー?」
少し不満そうな声を出す舞夜を見て、僕は笑った。
それから、再び二人で歩き始めた。
◇
駅の近くまで来ると、舞夜が時計を確認した。
「そろそろ帰らなきゃ」
「そうだね。僕も帰らないと」
僕たちは駅の入り口の前で立ち止まった。
考えてみれば、三年生になってまだ一日目だ。
それなのに、僕はもう、この一年が今までとは違うものになるような気がしていた。
舞夜が手元のカメラを持ち上げた。
「ねえ、帰る前に……」
「もう一枚?」
「うん!」
……やっぱり、そうなるよね。
「分かった」
僕たちは並んで立った。
今度は舞夜がカメラを構える。
「はい、笑って!」
「もう笑ってるよ」
「もっと大きく!」
「これくらい?」
「うん、完璧!」
カチッ。
小さなシャッター音が響いた。
撮影された写真が、ゆっくりとカメラから出てくる。
舞夜はそれを手に取ったものの、やっぱり中身は確認しなかった。
「これもアルバムに入れるんだね」
「そうだね」
「どんな写真になったか、まだ分からないけど」
「それでもいいの?」
僕が尋ねると、舞夜は迷いなく頷いた。
「もちろん!」
そして、優しく微笑んだ。
「だって、大樹くんと一緒に撮った写真だもん」
……本当に、舞夜には敵わない。
僕は思わず笑ってしまった。
「確かに、その通りだね」
すると、舞夜が小さく一歩、僕に近づいた。
「大樹くん」
「どうしたの?」
「たとえクラスが別々になっても……」
彼女は、もう一度僕の手を取った。
「これからも、こうやって一緒にいたいな」
「こうやって?」
「うん。会いに行ったり、一緒に帰ったり、写真を撮ったり……」
舞夜は僕の顔を見上げた。
「これからも、二人で会う時間を大切にしたいの」
僕は彼女の手を優しく握り返した。
「そうしよう」
「毎日?」
「できる限りはね」
舞夜は嬉しそうに笑った。
「それだけで十分だよ」
ちょうどそのとき、舞夜が乗る電車が駅に到着した。
「じゃあ、また明日ね!」
電車に乗り込む直前、舞夜が振り返って手を振る。
「うん! また明日!」
扉が閉まり、電車がゆっくりと動き出した。
僕はその姿が見えなくなるまで見送った。
それから、自分の手元にある小さなカメラへ目を落とす。
三年生になった最初の日。
別々になった教室。
新しく始まった日常。
一枚の写真。
そして、ささやかな約束。
教室が変わったからといって、僕たちが離れるつもりはない。
僕は四月の空を見上げた。
この一年は、きっと楽しいことばかりではないだろう。
悩むこともあるかもしれない。
何かを選ばなければならない日だって、いつか来るのかもしれない。
そして、高校生活の終わりも、少しずつ近づいてくる。
けれど、今はまだ。
そんな先のことばかり考える必要はない。
まずは、目の前にある毎日を大切にしよう。
舞夜と笑い合って、一緒に歩いて、ときには写真を撮って。
いつか卒業の日を迎えたとき、この一年を振り返って、二人で笑えるように。
だって、これは僕たちにとって、高校生活最後の一年なのだから。
できることなら、そのアルバムが思い出でいっぱいになるくらい、たくさんの時間を彼女と過ごしたい。
そう思いながら、僕は帰り道を歩き始めた。
第308話を読んでくださって、ありがとうございます!
高校生活最後の一年を、写真と一緒に残していくことにした大樹と舞夜。
二人のアルバムには、これからどんな思い出が増えていくのでしょうか。
まだ始まったばかりの三年生編。
二人のこれからを、引き続き見守っていただけたら嬉しいです!
次回もよろしくお願いします!




