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三年生最初の日

三年生になった最初の日は、もっと違うものになると思っていた。


けれど、まさか最初に感じるのが……


寂しさだなんて、思ってもいなかった。


別に、一人ぼっちになったわけじゃない。


むしろ、周りには知っている顔がたくさんあった。


少し前の席には結衣が座っている。

隣には松がいる。

麻美も悠真も同じ教室にいた。


去年まで同じ学年だった顔も、ちらほら見かける。


それなのに、一人だけ足りない人がいた。


舞夜。


もし今も同じクラスだったら、彼女が座っていたはずの席に、つい目を向けてしまう。


……そうだった。


今の舞夜は、三年二組なんだ。


「またドアのほうを見てるの?」


結衣の声で、僕は我に返った。


「見てないよ」


「はいはい」


「本当だって」


結衣は片手で頬杖をつき、にやにやと笑った。


「大樹、三年生になってまだ一時間も経ってないのに、もう舞夜のことを考えてるんだね」


「仕方ないだろ」


「えっ、そんなあっさり認めるの?」


「……」


自分が何を口にしたのか、気づいたときにはもう遅かった。


隣で松が大笑いする。


「ははっ! 今の、認めるの早すぎだろ!」


「うるさい!」


結衣は楽しそうに目を細めた。


「大樹、絶対に変わったよね」


「僕が?」


「前は舞夜の話をするだけで、すぐに慌ててたのに」


「今だって慌てるよ」


「でも、もう隠そうとしないじゃん」


返す言葉が見つからなかった。


……確かに、そうかもしれない。


これまで舞夜と一緒に過ごしてきた時間を思えば、彼女が僕にとって特別な存在だということを、今さら否定する意味なんてない。


問題は、それが具体的に何を意味するのか、まだ自分でもはっきり分かっていないことだった。


彼女のことが好きだ。


これからも、ずっと隣にいたい。


それだけは間違いない。


だけど……。


自分の中にある気持ちを、まだうまく言葉にできずにいた。


「そういえばさ」


松がふと思い出したように口を開いた。


「もう舞夜からメッセージ来た?」


僕は松を見る。


「来たよ」


「それで?」


「寂しいって言われた」


結衣が目を見開いた。


「えっ、もう!?」


「今朝の話だよ」


「朝八時から何やってるの、二人とも! 甘すぎでしょ!」


「別に、そんなんじゃないよ」


「大樹にとってはそうかもしれないけどね」


結衣は腕を組み、妙に納得したように頷いた。


「でも、これからは別々のクラスなんだから、今までとは違う方法で会いに行かないとね」


「そのつもりだよ」


考えるより先に、言葉が口から出ていた。


結衣は満足そうに笑った。


「やっぱり、そう言うと思った」



───



一時間目の授業が終わると、僕たちは一斉に廊下へ出た。


同じ学校なのに、なんだかいつもと違う場所にいるような気がした。


校舎は変わっていない。

先生たちも変わっていない。

廊下の景色だって、去年までと何も変わらない。


それでも、僕たちはもう三年生だ。


高校生活最後の一年。


そう考えると、これからの時間は今まで以上に早く過ぎていくのかもしれない。


「ちょっと舞夜のところに行ってくる」


そう告げると、結衣が片眉を上げた。


「休み時間に?」


「うん」


「じゃあ、またあとでね」


松もひらひらと手を振った。


「頑張れよ」


「……何を頑張るんだよ」


「そりゃ、お前。敵地に乗り込むんだろ?」


「隣の教室だぞ」


「敵地だ」


「だから、何でだよ……」


僕は呆れながらも、二人に背を向けて歩き出した。


三年二組の教室の前まで来ると、自然と足が止まった。


そして、なぜか深呼吸をしていた。


……何を緊張してるんだ、僕は。


舞夜とは、これまで何百回だって話してきた。

一日中一緒に過ごしたことだってある。

もっと大切な瞬間だって、二人でいくつも乗り越えてきた。


それなのに。


別々の教室にいるというだけで、彼女に会うことが、どこか新しいことのように感じられた。


「大樹くん」


聞き慣れた声がして、顔を上げる。


そこには、舞夜が立っていた。


彼女は僕を見ると、嬉しそうに微笑んだ。


その瞬間、廊下の真ん中にいることも忘れてしまいそうになった。


「……こんにちは」


「こんにちは」


舞夜が一歩、こちらへ近づく。


「来てくれたんだね」


「行くって言っただろ?」


「うん。そうだね」


舞夜は嬉しそうに笑った。


それから、僕の教室があるほうへ視線を向ける。


「三年一組はどんな感じ?」


「普通だよ」


「結衣ちゃんは?」


「いつも通りの結衣だよ」


「じゃあ、安心だね」


「舞夜のクラスはどう?」


「こっちも大丈夫。凛奈ちゃんも一緒だから」


「それならよかった」


それきり、僕たちはしばらく見つめ合っていた。


もう少し話していたい。


きっと、舞夜も同じことを思っていたのだろう。


どちらも、すぐに自分の教室へ戻ろうとはしなかった。


やがて、舞夜がそっと口を開いた。


「ねえ、大樹くん」


「ん?」


「クラスが別々になっても……」


彼女は僕の手に、そっと自分の手を重ねた。


「前より遠くなったなんて、思いたくないの」


僕は少し驚いて、彼女の顔を見た。


「そんなこと、思ってないよ」


「……よかった」


舞夜は安心したように微笑んだ。


「だって、私はこれからも大樹くんに会いに行くつもりだから」


その言葉が、胸の奥にじんわりと広がっていく。


僕も、彼女の手を優しく握り返した。


「じゃあ、僕も舞夜に会いに行くよ」


「本当?」


「もちろん」


舞夜は嬉しそうに目を細めた。


そのとき、次の授業が始まることを知らせるチャイムが鳴った。


「あ……戻らなきゃ」


「そうだね」


舞夜は名残惜しそうに手を離した。


「またあとでね、大樹くん」


「うん。またあとで」


彼女が三年二組の教室へ戻っていく姿を見届けてから、僕も自分の教室へ向かった。


歩きながら、ふと思う。


もしかすると、別々のクラスになったことは、何かを失ったということではないのかもしれない。


ただ、これからは彼女に会うために、少しだけ長く歩く必要がある。


それだけのことだ。


そして、正直に言えば……。


その程度のことなら、まったく苦にならない。


むしろ、会いに行く理由が一つ増えたと思えば、悪くない気さえした。


三年生になった最初の日。


僕たちの教室は、別々になった。


それでも、彼女との距離まで変わったわけじゃない。


これからも、会いたいときには会いに行こう。


彼女が僕を探してくれるなら、僕だって彼女を探しに行く。


そんな当たり前のことを、これからも大切にしていきたい。


……高校生活最後の一年が、どんな一年になるのか。


まだ、僕には分からない。


けれど。


舞夜と一緒なら、きっと今まで以上にたくさんの思い出を作れる。


そう思いながら、僕は三年一組の教室へと戻った。

第305話を読んでくださって、ありがとうございます!


三年生になり、別々のクラスになった大樹と舞夜。

少しだけ距離ができても、会いに行く気持ちは変わりません。


高校生活最後の一年、二人の関係がどう変わっていくのか。

これからも温かく見守っていただけたら嬉しいです!

次回もよろしくお願いします。

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