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四月、新しい一年と違うクラス

四月という月には、いつも不思議なところがある。


新しい学年が始まる月というだけではない。


まるで、世界中のあらゆるものが一斉に場所を変えようとしているかのようだった。


花が咲き始める。


冬の間、枝だけになっていた木々も、少しずつ色を取り戻していく。


街には、真新しい制服に身を包んだ学生たちが戻ってくる。


そして、しばらく静かだった学校も、再び生徒たちの声で満たされていく。


けれど、僕にとって今年の四月は、いつもとは少し違っていた。


たぶん、去年の春に新学期を迎えた頃の僕とは、もう違う人間になっているからだろう。


いろいろなことがあった。


一言ではまとめきれないほど、たくさんの出来事が。


舞夜のことを、以前よりずっと深く知るようになった。


一緒に旅行へ行った。


写真を撮り合った。


クリスマスを過ごした。


お正月には、一緒にお寺へ行った。


彼女の家族と知り合い、舞夜も僕の家族と会った。


バレンタインがやってきて、そのあとにはホワイトデーもあった。


そして今。


僕たちは、高校三年生になる。


最後の一年だ。


学校へ向かって歩きながら、そのことを考えると、胸の奥に妙な重圧を感じた。


「……三年生か」


思わず小さな声が漏れた。


何だか信じられない。


こんなにも早く、この日が来るなんて。


二年生になったばかりの頃は、まだまだ先のことだと思っていた。


それなのに、今ではもう目の前にある。


高校生活最後の一年。


卒業後の進路について、本格的に考え始めなければならない時期だ。


大学。


受験。


卒業したあと、何をするのか。


どれも、まだ遠い未来の話のように感じていた。


けれど、以前ほど遠いものではなくなっている。


そして、もう一つ。


もっと身近な問題があった。


新しいクラスだ。


───


学校に着くと、あちこちに生徒たちが集まっていた。


新しいクラスの名簿を探している人。


休み明けに友達と再会して、楽しそうに話している人。


緊張した顔をしている人もいれば、期待に胸を膨らませている人もいる。


そんな中、僕は自分の名前を探していた。


ようやく名簿を見つけ、上から順番に目を走らせる。


「……三年一組」


指をゆっくりと下へ動かす。


「南大樹」


あった。


「よし……」


とりあえず、自分がどこへ行けばいいのかは分かった。


そのまま名簿を読み進める。


「田中結衣」


思わず笑みがこぼれた。


「少なくとも、一人じゃないな」


さらに下を見ると、見慣れた名前があった。


松。


「よかった」


そして、麻美。


悠真。


知っている顔ぶれが五人も同じクラスにいる。


悪くない。


……いや、かなり心強い。


けれど、そこで僕は大切なことを思い出した。


舞夜だ。


彼女の名前を探す。


上から順に目を動かし、ようやく見つけた。


三年二組。


僕はその文字を、しばらく見つめていた。


「……ああ」


やっぱり、そうなったか。


舞夜と僕は、同じクラスにはならなかった。


もちろん、あり得ることだとは分かっていた。


クラス替えなのだから、何も不思議なことではない。


それでも……。


去年は一年間、ずっと同じ教室で過ごしていた。


自分の席から彼女の姿を見ることができた。


休み時間になれば、すぐに話しかけられた。


振り返れば、目が合うことだってあった。


けれど、今年からは違う。


舞夜に会うためには、別の教室まで行かなければならない。


「……今年は、少し変わりそうだな」


「何が変わるの?」


突然声をかけられ、僕はびくっと肩を震わせた。


「うわっ、結衣!」


振り返ると、田中結衣が片方の肩に鞄を掛けて立っていた。


彼女は名簿を確認し、それから僕の顔を見た。


そして、にやりと笑う。


「当ててあげようか?」


「……何も言わなくていい」


「舞夜が三年二組だったんでしょ?」


「……」


「それで、ちょっと寂しくなっちゃった?」


「寂しくなんかないよ」


「じゃあ、どうしてそんな顔をしてるの?」


「どんな顔だよ」


結衣は楽しそうに笑った。


「寂しい人がする顔!」


「そんな顔はしてない!」


「はいはい」


彼女は笑いながら手を振った。


「大丈夫だよ。別に舞夜がいなくなったわけじゃないんだから」


「分かってるよ」


「それに……」


結衣が少しだけ身を乗り出す。


「これからは、わざわざ会いに行かなきゃいけないんだよ?」


「……それが何?」


「ふふっ。私には面白いけどね」


「何も面白くないよ」


僕は呆れて首を振った。


本当に、いつもの結衣だ。


……いや、もしかすると、彼女も少しずつ変わっているのかもしれない。


ここ数か月、僕は結衣のことも以前とは違った目で見るようになっていた。


外見が変わったというわけではない。


ただ、彼女も少しずつ、新しい段階へ進もうとしているように感じるのだ。


もっとも、今はそれについて考えている場合ではなかった。


「大樹!」


後ろから聞き慣れた声が飛んできた。


松だった。


「俺たち、同じクラスだぞ!」


「うん、見たよ」


「よかったー!」


松は名簿を覗き込んだ。


「麻美も悠真も一緒だな」


「知ってる顔が多いクラスになりそうだね」


「だな!」


結衣が片眉を上げた。


「それで、舞夜は?」


松は三年二組の名簿を見た。


「そっちか」


それから、僕に視線を向ける。


「……心配か?」


「別に」


「じゃあ、恋してるんだな」


「どうしてそうなるんだよ!?」


結衣が声を上げて笑った。


「それ、ものすごく関係あると思うよ!」


「二人とも……」


松が僕の肩をぽんと叩いた。


「ほら、行こうぜ。三年生の始まりだ!」


───


僕たちは教室へ向かった。


歩きながら、僕はもう一度、三年二組へ続く廊下に目を向けた。


どうしてだろう。


もしかしたら、舞夜に会えるんじゃないかと思ったのかもしれない。


すると、本当に彼女の姿が見えた。


秋山里奈と並んで歩いている。


長い濃い紫色の髪が、歩くたびに柔らかく揺れていた。


舞夜は僕に気づくと、紫色の瞳を輝かせた。


「大樹くん」


「舞夜」


僕たちは互いに近づいた。


「大樹くんは三年一組ですか?」


「うん。舞夜は三年二組なんだよね」


「はい」


舞夜は微笑んだ。


「これからは別々の教室ですね」


「……そうだね」


一瞬、二人とも黙ってしまった。


別に、遠く離れてしまうわけではない。


廊下を歩けば、すぐに会える距離だ。


それなのに、何となく違う気がした。


舞夜も、同じことを考えていたのかもしれない。


「……不思議ですね」


「うん」


「去年は、ずっと同じ教室だったのに」


「これからは、お互いに会いに行かないとね」


そう言うと、舞夜は笑った。


「私は構いませんよ」


「そうなの?」


「だって、大樹くんが会いに来てくれるって分かっていますから」


僕は彼女を見つめた。


「……もちろん、会いに行くよ」


その答えを聞いた舞夜は、嬉しそうに微笑んだ。


隣にいた里奈が、そんな僕たちを見て小さく笑った。


「二人とも、もう一緒にいるのが当たり前になってるね」


舞夜の頬が赤くなる。


「里奈……」


「だって、本当のことでしょ?」


そのとき、僕の後ろから結衣が顔を出した。


「そうそう! 私もそう思う!」


「結衣まで……!」


その場にいた全員が笑った。


ほんの数秒前まで気になっていたクラス替えのことも、少しだけどうでもよくなっていた。


僕たちは、相変わらず僕たちだ。


友達もいる。


冗談を言い合う時間もある。


これまでに作ってきた思い出も、ちゃんと残っている。


変わったのは、教室の場所だけ。


───


三年一組の教室に入った僕は、窓際の席を選んだ。


近くには松が座り、結衣も同じあたりの席に落ち着いた。


麻美と悠真も、それぞれの席へ向かっていく。


やがて、ほかの生徒たちも次々と教室に入ってきた。


僕は黒板を見上げた。


三年一組。


高校三年生。


最後の一年。


椅子の背もたれに体を預け、舞夜と出会ってからのことを思い返した。


最初、彼女は突然僕の前に現れた女の子だった。


やたらと笑顔で。


いつも何か企んでいるようで。


そして、あの日、僕にこう言った。


『大樹くんは、私に恋をする必要があります』


あのときは、その言葉がこんなにも大きな意味を持つことになるなんて、想像もしていなかった。


今だって、この一年に何が起こるのかは分からない。


それでも、一つだけ確かなことがある。


僕は、これからも舞夜のそばにいたい。


一緒に写真を撮りたい。


いろいろな場所へ行きたい。


もっとたくさんの思い出を作りたい。


そして何より……。


高校を卒業したあと、僕たちにどんな未来が待っているのか、一緒に知っていきたい。


チャイムが鳴った。


先生が教室に入ってくる。


生徒たちは席に着き、静かになった。


「おはようございます。今日から三年生ですね」


先生の挨拶に、何人かの生徒が返事をした。


僕は最後に一度だけ、教室の入口を見た。


そこから三年二組の様子を見ることはできない。


けれど、舞夜が同じ校舎のどこかにいることは分かっている。


そう思うと、不思議と寂しさは感じなかった。


これまで一緒に築いてきたものは、クラスが変わったくらいで消えたりしない。


そう信じられるようになっていた。


そのとき、スマートフォンが震えた。


新しいメッセージが届いている。


舞夜:

『もう教室に着きましたか?』


僕は微笑み、返信した。


大樹:

『うん。舞夜は?』


ほとんど間を置かずに返事が来た。


舞夜:

『私も着きました。……少し、大樹くんが恋しいです』


画面を見つめたまま、僕は固まった。


……顔が熱い。


何とか落ち着いてから、文字を打つ。


大樹:

『僕もだよ』


送信して、スマートフォンをしまった。


そして、クラス替えを知ってから初めて、心から穏やかな笑みを浮かべた。


今年は、きっと今までとは違う一年になる。


同じ教室で過ごせないことにも、少しずつ慣れていかなければならないだろう。


新しい悩みも生まれるかもしれない。


新しい思い出も。


新しい挑戦も。


けれど、変わらないものが一つある。


舞夜は、これからも僕のそばにいてくれる。


高校生活最後の春。


この一年が、いつか僕たちの関係を大きく変えることになるなんて。


このときの僕は、まだ知らなかった。

読んでいただき、ありがとうございます!


高校三年生になった大樹と舞夜。初めて別々のクラスになりましたが、二人の気持ちは変わらないようです。


最後の一年には、どんな出来事が待っているのでしょうか。


次回もぜひお楽しみください!

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