あなたは私に恋をする必要があります
ペンダントをつけ終えたあと、舞夜はしばらく黙っていた。
指先は、胸元の小さな星にそっと触れたままだった。
まるで、本当にそこにあるのか確かめているみたいだった。
「……大樹くん」
「うん?」
「いつから、こんなに準備してくれていたんですか?」
僕は少しだけ言葉に詰まった。
「……何週間か前からかな」
「何週間も?」
僕はうなずいた。
「バレンタインにチョコレートをもらってから、お返しに何か贈りたいと思っていたんだ」
舞夜は少し心配そうに僕を見た。
「だから、最近あんなに疲れていたんですね……」
「うん」
「それで、放課後もすぐに帰っていたんですか?」
「そうだよ」
舞夜はゆっくりと視線を落とした。
「……私のために、働いてくれていたんですね」
「そうしたかったから」
「でも、別にこんなに頑張らなくても、何か買ってくれるだけでよかったのに」
「分かってるよ」
僕は微笑んだ。
「でも、僕はこれを舞夜に贈りたかったんだ」
舞夜は指先で、ペンダントをそっと握りしめた。
「……そこまで頑張る必要はなかったのに」
「そうかもしれないね」
「それなのに、どうして?」
その問いかけに、僕は考え込んだ。
どうしてだろう。
最初は、ただチョコレートのお返しをしたいと思っていた。
それから、舞夜を驚かせたいと思うようになった。
でも、今なら分かる。
それだけじゃなかった。
「……舞夜のプレゼントが、僕にとってどれだけ大切だったのか、知ってほしかったんだ」
舞夜が顔を上げた。
「私のチョコレートが?」
「うん」
僕は深く息を吸った。
「最初は、ただのプレゼントだと思っていたんだ。でも、あとから考えたら、舞夜が時間をかけて作ってくれたものだった。何度も失敗して、それでも諦めずに頑張ってくれたんだよね」
舞夜は照れくさそうに笑った。
「……結構、大変だったんですよ」
「知ってるよ」
「失敗作も、たくさんできました」
「それも何となく想像できるよ」
舞夜は小さく笑った。
それから、もう一度ペンダントを見つめた。
「……それで、大樹くんも同じことをしようと思ったんですね」
「うん」
「私も、大樹くんにとって大切な人なんだって、伝えたかったんですか?」
その質問に、僕は一瞬、言葉を失った。
そして、彼女の目をまっすぐに見つめた。
「……うん。そうだよ」
舞夜の動きが止まった。
しばらくの間、二人とも何も言わなかった。
そよ風が吹き、彼女の長い紫色の髪を優しく揺らす。
やがて、舞夜が小さく一歩、僕に近づいた。
「大樹くん」
「うん?」
「私たちが仲良くなり始めた頃、私が言ったことを覚えていますか?」
何のことか、すぐに分かった。
あの言葉。
何度も聞かされた、あの一言。
最初は、ただの挑発だと思っていた。
「……覚えてるよ」
舞夜は微笑んだ。
「私、大樹くんは私に恋をする必要があるって、言いましたよね」
胸の鼓動が速くなった。
「うん。覚えてる」
「最初は、本当にそうさせたかったんです」
舞夜はくすっと笑った。
「大樹くんと一緒に過ごして、たくさん思い出を作っていけば、いつか私のことを好きになってくれるんじゃないかって、そう思っていました」
そして、そっと視線を落とした。
「でも、そうやって頑張っているうちに……」
頬が赤く染まっていく。
「……私のほうが、大樹くんに恋をしてしまいました」
僕は何も言えなかった。
舞夜が再び顔を上げる。
「だから、今はもう、ただのゲームにはしたくないんです」
「舞夜……」
「一緒に作った思い出を、本当に大切なものにしたいんです」
彼女がそっと僕の手を取った。
「これからも、一緒に旅行に行きたいです」
指が絡み合う。
「もっとたくさん写真を撮りたいです」
舞夜は僕の手を少しだけ強く握った。
「お祭りだって、一緒に行きたいです」
そして、いたずらっぽく微笑んだ。
「それから、あんなに不器用な大樹くんが、心を込めて作ってくれたプレゼントも、これからずっと受け取りたいです」
「……おい」
「ふふっ、ごめんなさい」
僕たちは笑い合った。
そのまま、手をつないで立っていた。
やがて舞夜が、少しだけ首を傾げた。
「……それで、大樹くんは?」
「僕?」
「いつか、私に恋をしてくれますか?」
まっすぐな質問だった。
けれど、今すぐ答えを出さなければいけないとは思わなかった。
僕はつないだ手を見つめ、それから舞夜の顔を見た。
「……そうだな」
少しだけ間を置く。
「舞夜がこれからも僕を好きにさせようとしてくれるなら……」
舞夜の目が大きく見開かれた。
「……してくれるなら?」
僕は笑った。
「もう、止めるのは難しいかもしれないね」
舞夜の顔が、みるみる赤くなった。
「……それって、どういう意味ですか?」
「これからも、舞夜と一緒に歩いていきたいってことだよ」
舞夜は嬉しそうに微笑んだ。
「……それなら、続けます」
「何を?」
「大樹くんに恋をしてもらうための努力です」
「そっか」
「今度は、絶対に諦めませんからね」
僕はもう一度笑った。
「それなら、これからも一緒に思い出を作っていこう」
「はい」
舞夜はつないだ手を持ち上げた。
「でも、途中で逃げちゃ駄目ですよ?」
「逃げるつもりはないよ」
彼女は満足そうに微笑んだ。
そして僕たちは、手をつないだまま、小さな公園をゆっくりと歩き始めた。
そのとき、僕はふと思った。
少し前まで、僕はこんな未来を想像することさえできなかった。
舞夜と手をつなぎ、これから先のことを一緒に考えるなんて。
もしかしたら、もう問いかけるべきことは変わっているのかもしれない。
いつか舞夜に恋をするのかどうか、ではなく。
自分の心が、もう彼女に惹かれ始めていることに、いつ気づくのか。
本当の答えは、まだ分からない。
けれど、少なくとも今は。
この手を離したいとは、少しも思わなかった。
読んでいただき、ありがとうございます!
舞夜が最初に掲げた「大樹くんは私に恋をする必要がある」という言葉。その意味も、今では少しずつ変わってきました。
二人の関係がこれからどう進んでいくのか、引き続き見守っていただけたら嬉しいです!




