いつもと違う放課後
それから数日間、僕は何事もないように、いつもの生活を続けようとしていた。
午前中は学校。
放課後はアルバイト。
夜になったら帰宅する。
そんな毎日の繰り返しだ。
けれど、一つだけ予想していなかったことがあった。
舞夜が、放課後に僕と過ごす時間を少しでも増やそうとするようになったのだ。
その日の午後、教室を出ようとしたときだった。
「大樹くん」
呼び止められ、僕は足を止めた。
「どうしたの?」
舞夜は窓際に立っていた。
「今日は、すぐに帰らなければいけませんか?」
僕は時計を確認した。
アルバイトの時間までは、まだ少し余裕がある。
「いや、まだ少し時間はあるよ」
その瞬間、舞夜の表情がぱっと明るくなった。
「それなら……」
彼女はほんの少し間を置いてから、遠慮がちに尋ねた。
「一緒にお散歩しませんか?」
僕は思わず笑顔になった。
「もちろん」
二人で学校を出る。
夕方の空気は穏やかで、学校の周辺を歩く生徒も少なくなっていた。
僕たちは特に目的地を決めず、ゆっくりと歩き始めた。
「こうして一緒に歩くの、久しぶりですね」
舞夜がぽつりと言った。
「一緒に歩くのが?」
「はい」
「……そうだね」
考えてみれば、アルバイトを始めてからというもの、放課後はすぐに学校を出ることが多かった。
以前のように、舞夜と寄り道をしたり、何気ない話をしたりする時間も減っている。
「ごめんね」
思わず謝ると、舞夜は不思議そうに僕を見た。
「どうして謝るんですか?」
「最近、あまり一緒にいられないから」
すると、舞夜は優しく微笑んだ。
「謝らなくてもいいですよ」
そして、少しだけ嬉しそうに続けた。
「ただ、大樹くんと一緒に過ごしたかっただけです」
その言葉が胸に刺さった。
僕は舞夜のために、あるものを用意しようとしていた。
けれど、そのために彼女と過ごす時間を減らしてしまっている。
これでは本末転倒なのかもしれない。
「全部終わったら、もっと一緒に過ごす時間を作るよ」
舞夜がこちらを向いた。
「全部、ですか?」
「えっ?」
「全部って、何が終わったらですか?」
「そ、それは……」
言葉に詰まる僕を見て、舞夜はくすっと笑った。
「また秘密ですね」
「……うん」
「分かりました」
彼女はそれ以上、追及しなかった。
僕たちは再び歩き始めた。
しばらくすると、小さな雑貨店の前に差しかかった。
舞夜がショーウィンドウを覗き込む。
「見てください」
そこには、いくつものアクセサリーが並んでいた。
「きれいだね」
「はい。どれも素敵です」
舞夜はしばらく商品を眺めていたが、やがて小さく首を振った。
「でも、私は買わないと思います」
「どうして?」
「高いものは必要ありませんから」
意外な答えだった。
「じゃあ、どんなものが好きなの?」
舞夜は少し考えてから答えた。
「意味のあるもの、でしょうか」
「意味のあるもの?」
「はい」
彼女はショーウィンドウの中にあった、シンプルなブレスレットを指さした。
「例えば、誰かが私のことをたくさん考えて、選んでくれたものなら……高価なものより、そちらのほうが嬉しいと思います」
僕は舞夜を見つめた。
その言葉を聞いた瞬間、鞄の中に隠してある小箱が頭に浮かんだ。
ペンダント。
何週間もアルバイトをして、ようやく買うことができたものだ。
だからこそ、彼女の言葉が嬉しかった。
もしかしたら、僕の選択は間違っていなかったのかもしれない。
舞夜は再び歩き出した。
「それに、私は思い出も好きです」
「思い出?」
「はい。写真とか、二人で行った場所とか、一緒に過ごした何気ない時間とか」
そう言って、彼女は微笑んだ。
「そういうものが、一番好きなんです」
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
「じゃあ、僕たちには思い出がたくさんあるね」
「はい」
舞夜は嬉しそうにうなずいた。
「これからも、もっとたくさん作りたいです」
その言葉を聞いて、僕はしばらく何も言えなかった。
いつか彼女に渡すペンダントも、二人の思い出の一つになるのだろうか。
そうなったらいい。
そう思った。
しばらくして時計を確認すると、そろそろ出発しなければならない時間だった。
「ごめん。そろそろ行かないと」
舞夜は小さくうなずいた。
「分かっています」
その表情には、ほんの少し寂しさがにじんでいた。
「一緒に歩いてくれて、ありがとうございました」
「こちらこそ、誘ってくれてありがとう」
別れる直前、舞夜がそっと僕の手を取った。
「大樹くん」
「うん?」
彼女は僕の目を見つめた。
「さっきのこと、忘れないでくださいね」
「さっきのこと?」
「私を喜ばせるために、特別なことをする必要はないってことです」
舞夜は優しく微笑んだ。
「ただ、それだけ伝えておきたかったんです」
僕はゆっくりとうなずいた。
「……分かった。忘れないよ」
やがて、僕たちは手を離した。
僕はアルバイト先のカフェへ向かって歩き出した。
その途中、もう一度、彼女の言葉を思い返す。
『意味のあるもの』
僕はそっと鞄に触れた。
小箱は、ちゃんとそこにある。
アルバイトを始めてから初めて、選んだ贈り物がただきれいなだけのものではないと思えた。
もしかしたら、舞夜にとっても大切なものになってくれるかもしれない。
あとは、その日が来るのを待つだけだ。
そして、ホワイトデーまでに秘密がばれないよう、もう少しだけ気をつけなければならない。
読んでいただき、ありがとうございます!
舞夜の言葉に励まされた大樹。彼が選んだペンダントは、舞夜にとってどんな贈り物になるのでしょうか。
ホワイトデーまで、もう少しです。次回もぜひお楽しみください!




