まだ君に言えないこと
その夜。
アルバイトを終えた俺は、いつもより疲れて家に帰った。
バッグを机のそばに置き、椅子に座る。
数秒間、何もせずにそのまま座っていた。
そして、スマートフォンを取り出す。
保存していたペンダントの写真を開く。
小さな星と、その隣にある花。
「……もう少しだ」
貯金は、もう十分なところまで来ていた。
あと少し。
あと数回、シフトに入れば――。
そして、ホワイトデーの準備がすべて整う。
でも、そのとき――。
舞夜との会話を思い出した。
――もしかしたら、大樹くんはもう、私とあまり一緒にいたくないのかなって。
俺は目を閉じる。
もう、舞夜にそんな思いをさせたくない。
舞夜を喜ばせるために始めたことなのに。
その途中で舞夜を不安にさせてしまうなら――。
何かが間違っている。
プレゼントよりも、舞夜自身を大切にしなければならない。
俺はスマートフォンを手に取り、舞夜とのメッセージ画面を開く。
少し迷った。
でも――。
メッセージを送る。
『まだ起きてる?』
すぐに返信が来た。
『はい』
俺は続ける。
『心配してくれて、ありがとう』
数秒の間。
そして――。
『もちろん、大樹くんのことですから』
俺は思わず笑った。
『うん。分かってる』
そこまで打って、手が止まる。
全部話してしまおうか。
アルバイトをしていること。
舞夜へのプレゼントを買うために、お金を貯めていたこと。
でも、それを話してしまったら――。
サプライズにはならない。
だから、俺は別の言葉を送った。
『その時が来たら、ちゃんと全部話すよ』
少し時間が経つ。
『分かりました』
そして――。
『待っています』
俺は、その言葉をじっと見つめた。
――待っています。
自然と笑みがこぼれる。
「……ありがとう」
俺はスマートフォンの画面を閉じた。
───
翌日。
放課後、俺は再びあのアクセサリーショップへ向かった。
店に入る。
すると、店員さんが俺を見て笑った。
「また来てくれたんですね」
「はい」
俺は、あのペンダントを見る。
星と花の小さなペンダント。
今度は――。
十分なお金がある。
「……これをお願いします」
店員さんがショーケースから、丁寧にペンダントを取り出す。
近くで見ると――。
写真で見るより、ずっと綺麗だった。
小さな星が、淡く輝いている。
そして、花には紫色の細かな装飾が施されていた。
「……これなら、きっと」
俺は小さく呟く。
「素敵ですね」
店員さんが微笑む。
俺は頷いた。
「はい。完璧です」
会計を済ませる。
ペンダントは、小さな箱に丁寧に入れられた。
「大切な方へのプレゼントですか?」
俺は笑った。
「はい」
箱を受け取り、慎重にバッグへしまう。
店を出る。
その瞬間――。
嬉しさと緊張が同時に込み上げてきた。
ついに、手に入れた。
あとは――。
その日を待つだけだ。
───
その日の夕方。
アルバイトを始める前。
俺はバッグから、ほんの少しだけ箱を取り出した。
蓋を開ける。
ペンダントを見る。
そして、舞夜のことを思い出す。
チョコレート。
カード。
これまで一緒に撮った写真。
そして――。
一緒に笑った、たくさんの時間。
そこで俺は、初めて気づいた。
俺がアルバイトを始めた理由は――。
ただ、このペンダントを買うためだけじゃなかった。
舞夜がくれた気持ちが、ちゃんと俺に届いている。
そのことを伝えたかったんだ。
舞夜は、俺のために頑張ってくれた。
だから俺も――。
同じように、自分の気持ちを形にしたかった。
俺は箱を閉じる。
「……まだ言えないよ、舞夜」
そして、笑う。
「でも……もうすぐだ」
本当に、もうすぐ。
俺は箱を大切にバッグへ戻す。
そして、カフェへ向かって歩き始める。
何週間も守ってきた秘密が――。
ようやく、形になった。
小さなプレゼント。
一つの星。
一輪の花。
そして――。
言葉にしない約束。
ホワイトデーが来たら。
今度は――。
俺が舞夜を笑顔にする番だ。
第291話を読んでくださって、ありがとうございます!
ついに大樹は、舞夜へのプレゼントを手に入れました。
ホワイトデーの日、舞夜はどんな表情を見せてくれるのでしょうか。
次回もぜひ読んでください!




