小さなすれ違い
日々は、そのまま過ぎていった。
俺の生活リズムも、すっかり安定してきた。
朝は学校。
午後はカフェ。
夜は家。
そして、また次の日も同じことを繰り返す。
少しずつ、この生活にも慣れてきた。
けれど――。
一つだけ、予想していなかったことがあった。
舞夜が、日に日に心配するようになっていた。
昼休み。
舞夜が俺の向かいに座る。
「大樹くん」
「ん?」
「少し聞きたいことがあります」
「どうぞ」
舞夜が少し迷うようにしてから、口を開く。
「最近、放課後にほとんど残れないのには……何か理由があるんですか?」
俺は一瞬、言葉に詰まった。
「ちょっと用事があるんだ」
「……毎日?」
「ほとんど毎日かな」
舞夜が視線を落とす。
「……そうですか」
その声には、どこか違和感があった。
「どうしたの?」
「何でもありません」
「舞夜」
「本当に、何でもないです」
舞夜は笑おうとした。
でも――。
いつもの笑顔とは、少し違った。
「ただ……」
舞夜が言葉を止める。
「……もしかしたら、大樹くんはもう、私とあまり一緒にいたくないのかなって思ってしまって」
俺は目を見開いた。
「え?」
舞夜が慌てて顔を上げる。
「違います! そう思っているわけじゃ……」
「でも、少しはそう思ったんだろ?」
「……少しだけ」
胸が痛んだ。
そんなふうに思わせたかったわけじゃない。
「舞夜のせいじゃないよ」
「じゃあ……どうしてですか?」
答えられない。
本当のことを言えば、サプライズが台無しになってしまう。
「……俺が、自分でやりたいことなんだ」
舞夜が俺を見る。
「私と一緒にいることよりも、大事なんですか?」
「違う」
俺はすぐに答えた。
「じゃあ……」
舞夜の言葉が止まる。
俺も、言葉を選ぶ。
そして――。
「俺にとって大切なことなんだ。……舞夜に関係することだから」
舞夜が完全に動きを止めた。
俺も固まる。
……危なかった。
もう少しで秘密を全部話してしまうところだった。
「……私に?」
「いや、その……」
俺は慌てて言い直す。
「自分で決めてやってることだから。それだけだよ」
舞夜が俯く。
「……分かりました」
でも――。
今度は、さっき以上に複雑そうな表情をしている。
「……私に関係することなんですね」
「……まあ」
「でも、無理に話してほしいとは思いません」
「舞夜……」
「だから、待ちます」
舞夜が俺を見る。
「大樹くんが話せるようになったとき、自分から教えてください」
俺は頷いた。
「うん」
舞夜が小さく笑う。
「でも、一つだけ約束してください」
「何?」
「無理をしすぎないこと」
「……約束する」
「それから――」
舞夜が少しだけ迷う。
「もし、助けが必要になったら……」
一度言葉を切ってから続ける。
「私に言ってください」
俺は笑った。
「分かった」
舞夜が頷く。
「……はい」
俺たちはそのまま教室へ戻った。
でも、歩きながらも――。
舞夜がまだ考え込んでいるのが分かった。
そして俺も、同じだった。
舞夜を驚かせたい。
だから、秘密にしていた。
でも――。
秘密にすることで、舞夜を不安にさせてしまうこともある。
俺はそれに気づいた。
舞夜に、俺が離れていっていると思ってほしくない。
本当は、その逆なのだから。
この努力も。
アルバイトも。
貯金も。
全部――。
舞夜のことを考えているからこそ、やっていることだった。
───
その日の放課後。
カフェへ向かう前に、スマートフォンが震えた。
舞夜からだった。
『今日もアルバイト、頑張ってくださいね』
俺は思わず笑う。
すると、すぐにもう一件届いた。
『それと、ちゃんと休むのを忘れないでください』
俺は少し考えてから返信する。
『ありがとう。ちゃんと休むよ』
スマートフォンをポケットにしまう。
そして、カフェへ向かって歩き始める。
舞夜の言葉を思い出しながら――。
もしかしたら、今まで以上に頑張らなければならないのかもしれない。
でも、それは早くプレゼントを完成させるためじゃない。
ホワイトデーの日。
舞夜にプレゼントを渡したとき。
その瞬間に、全部説明したい。
なぜ、放課後に働いていたのか。
なぜ、秘密にしていたのか。
そして――。
なぜ、そこまで頑張ったのか。
舞夜の表情が見たい。
笑ってほしい。
そして何より――。
俺が彼女から離れようとしていたわけじゃないと、分かってほしい。
俺がしていたことは、その反対だった。
舞夜に――。
もう少しだけ近づくためだった。
第290話を読んでくださって、ありがとうございます!
秘密を守りたい大樹と、心配する舞夜。
二人の間に小さなすれ違いが生まれてしまいました。
ホワイトデーの日に、大樹の想いは無事に届くのでしょうか?
次回もぜひ読んでください!




