舞夜が心配し始める
その後の日々は、少し変わった生活リズムになっていった。
朝は学校。
放課後はカフェ。
そして夜は宿題をして、眠る。
最初は、すぐに慣れることができると思っていた。
でも――。
何日か経つと、少しずつ疲れを感じるようになった。
ある朝。
教室へ向かう途中、俺は大きくあくびをした。
「大樹くん」
後ろから舞夜の声が聞こえる。
振り返る。
「おはよう」
「おはようございます」
舞夜が俺の顔を数秒見つめる。
「……ちゃんと眠れましたか?」
「うん」
「本当に?」
「本当だよ」
舞夜が少し目を細める。
「……嘘ですね」
「え?」
「目の下に、少しクマがあります」
俺は慌てて顔に手を当てる。
「そんなに分かる?」
「少しだけ」
舞夜が近づいてくる。
「最近、家に帰るのが遅いですよね?」
「うん」
「そのあと、宿題もするんですよね?」
「うん」
「……じゃあ、寝る時間が短くなってるじゃないですか」
「そこまで大したことじゃないよ」
舞夜が小さくため息をつく。
「大樹くん」
「大丈夫だって」
「それ、いつも言います」
俺は何も答えられなかった。
舞夜はしばらく黙っている。
そして――。
「……私が何かしたんですか?」
「え?」
「バレンタインが終わってから、大樹くん、少し変わりました」
俺は驚いた。
「舞夜のせいじゃないよ」
「じゃあ、何ですか?」
俺は視線を逸らす。
まだ、話すわけにはいかない。
「……自分で決めたことなんだ」
「私に関係することですか?」
その質問に、俺は足を止めた。
「……まあ、少し」
舞夜の目が少し大きくなる。
「私に?」
「うん」
「……それなら、知りたいです」
「まだ言えないんだ」
舞夜が俯く。
「……分かりました」
その声は、少し寂しそうだった。
「でも……無理はしてほしくありません」
「しないよ」
「約束してください」
「約束する」
舞夜が顔を上げる。
「……分かりました」
笑ってくれた。
でも――。
その表情には、まだ心配が残っていた。
───
休み時間。
結衣が舞夜のところへやってきた。
「どうしたの?」
「何でもないです」
「それ、絶対何でもない顔じゃないよ」
舞夜が小さくため息をつく。
「大樹くん……放課後に働いているみたいなんです」
結衣が目を見開く。
「働いてるの?」
「たぶん」
「どこで?」
「分かりません」
「どうして?」
「それも分からなくて……」
結衣が考え込む。
「大樹、教えてくれないの?」
「まだ秘密だって言っています」
「それは怪しいね」
「……はい」
舞夜は大樹のほうを見る。
大樹は松と話している。
けれど、いつもより少し疲れているように見えた。
「……心配です」
結衣の表情が柔らかくなる。
「働きすぎてると思う?」
「はい」
「じゃあ、直接聞いてみたら?」
「でも、無理に聞きたくありません」
「でも、心配したまま何もしないのも違うんじゃない?」
舞夜が頷く。
「……そうですね」
結衣が舞夜の肩を軽く叩く。
「大樹から学ぶとしたら、一つだけあるよ」
「何ですか?」
「あいつ、何かを決めると頑張りすぎるところがあるから」
舞夜が少し笑う。
「……確かに、そうですね」
「だから、ちゃんと休むように見ててあげなよ」
「はい」
舞夜はもう一度、大樹を見る。
そのとき――。
大樹が大きくあくびをした。
舞夜の眉が寄る。
「……やっぱり、ちゃんと話さないと」
───
その日の放課後。
俺が帰る準備をしていると、舞夜が再び近づいてきた。
「大樹くん」
「ん?」
「行く前に、少しだけいいですか?」
「どうしたの?」
舞夜が俺をまっすぐ見つめる。
「大樹くんが何を準備しているのか、私は知りません」
俺の心臓が、小さく跳ねた。
「舞夜……」
「でも、私は大樹くんを信じています」
「……」
「ただ、一つだけ覚えておいてほしいんです」
舞夜が少しだけ近づく。
「私を喜ばせるために、特別なことをしなくてもいいんですよ」
俺は黙った。
「私は……大樹くんが隣にいてくれるだけで、もう十分幸せです」
その言葉に、俺はすぐに返事ができなかった。
数秒後。
ようやく笑う。
「……ありがとう」
「だから、できるときにはちゃんと休んでくださいね」
「うん」
舞夜が微笑む。
「よかった」
そして、一歩離れる。
「じゃあ、また明日」
「また明日」
俺は舞夜が遠ざかっていく姿を見つめる。
その言葉が、ずっと頭に残っていた。
――私は、大樹くんが隣にいてくれるだけで幸せです。
一瞬だけ。
この秘密をやめようかと思った。
でも――。
あのペンダントを思い出す。
俺は、舞夜が何かを期待しているからプレゼントを用意しているわけじゃない。
俺自身が、舞夜に何かを贈りたいと思ったからだ。
だから――。
もう少しだけ、続けよう。
ただし。
今までとは違う。
舞夜を心配させるほど無理をするつもりはない。
ちゃんと休む。
学校も疎かにしない。
そして、できる範囲で働く。
俺が本当に舞夜を笑顔にしたいのなら――。
まず、自分自身のことも大切にしなければならない。
そう思いながら、俺はカフェへ向かって歩き始めた。
第289話を読んでくださって、ありがとうございます!
舞夜が大樹の秘密に気づき始め、少しずつ心配するようになってきました。
大樹は無事にホワイトデーのプレゼントを完成させられるのか。
次回もぜひ読んでください!




