新しい日常
初めてのアルバイトを終えたあと。
俺は、これからの生活に慣れるまで時間がかかるだろうと思っていた。
そして――。
その予想は、見事に当たった。
それから数週間。
俺の日常は、大きく変わった。
朝は学校へ行く。
授業を受ける。
友達と話す。
舞夜と一緒に過ごす。
そして、授業が終わると――。
そのままカフェへ向かう。
最初の頃は、一日の時間が足りないように感じていた。
でも、少しずつ慣れていった。
「大樹、三番テーブル」
「はい!」
「カウンターも手伝ってくれ」
「今行きます!」
仕事は相変わらず大変だった。
それでも、最初の頃ほどミスをすることはなくなった。
簡単な飲み物なら、一人で作れるようにもなった。
「だいぶ上達したな」
ある日の夕方、店長が言った。
「本当ですか?」
「ああ。もう最初みたいに、何をすればいいのか分からない学生には見えないぞ」
「それ、ちょっと酷くないですか?」
「でも事実だろ?」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
仕事には、少しずつ慣れてきた。
でも――。
別の問題が出てきていた。
疲労だ。
家に帰る時間は、以前より遅くなった。
そして、夜によっては――。
宿題を終わらせるだけの体力が、ほとんど残っていないこともあった。
それでも、仕事を始めた理由を思い出せば、もう一度頑張ることができた。
貯金は少しずつ増えている。
そして――。
あのペンダントにも、少しずつ近づいている。
───
学校でも、舞夜は俺の新しい生活に気づき始めていた。
「大樹くん」
「ん?」
「今日も、放課後に用事があるんですか?」
「うん」
「……毎日ですか?」
「ほとんど毎日かな」
舞夜が心配そうに俺を見る。
「少し、頑張りすぎじゃないですか?」
「大丈夫だよ」
「それ、いつも言いますよね」
「本当に大丈夫だから」
「でも昨日、最後の授業であくびしてました」
「それは……ちょっと寝不足だっただけ」
「だから、それが心配なんです」
舞夜が腕を組む。
「もっと休んだほうがいいです」
俺は苦笑する。
「……努力するよ」
「信用できません」
「どうして?」
「大樹くんはいつも『努力します』って言って、そのあと結局同じことをするじゃないですか」
思わず笑ってしまう。
「……舞夜、俺のこと分かりすぎじゃない?」
舞夜も笑った。
「もちろんです」
そう言ったあと――。
舞夜は少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
俺も、なぜか少し照れてしまう。
短い沈黙。
「……とにかく」
舞夜が小さな声で続ける。
「無理をしすぎて、倒れたりしないでくださいね」
「そんなことにはならないよ」
「約束できますか?」
「うん。約束する」
舞夜が頷く。
「……分かりました」
───
その日の放課後。
学校を出る前に、舞夜が校門まで一緒に歩いてくれた。
「また明日」
「うん」
「ちゃんと休んでくださいね」
「分かってる」
「本当にですよ?」
「本当に」
舞夜が笑う。
「じゃあ、また明日」
「また明日」
俺はそのまま歩き始める。
けれど、数メートル進んだところで――。
「大樹くん!」
振り返る。
舞夜が手を上げていた。
「気をつけてくださいね!」
俺も笑って手を振る。
「舞夜も!」
そして、俺はカフェへ向かって歩き始めた。
まだ――。
本当のことを舞夜に話すことはできない。
でも、俺のことを心配してくれる彼女を見ると、少しだけ罪悪感があった。
それでも――。
俺には、どうしても叶えたいことがある。
だから、諦めるつもりはなかった。
───
その夜。
アルバイトを終えて家に帰ると、俺はいつものように貯金を数えた。
以前より、かなり増えている。
でも――。
まだ足りない。
俺はスマートフォンに保存してある、あのペンダントの写真を見る。
小さな星。
そして、花。
「……もう少し」
スマートフォンを閉じる。
ベッドに横になる。
身体は疲れていた。
それでも、俺は笑っていた。
今日も働いた。
その分だけ――。
舞夜にプレゼントを渡せる日が、一歩近づいたから。
まだ、舞夜は何も知らない。
でも――。
毎日、放課後に働いている時間の一つ一つが。
俺が舞夜のために準備している、プレゼントの一部になっている。
そう思えば――。
どんなに疲れていても、もう少しだけ頑張れる気がした。
第288話を読んでくださって、ありがとうございます!
大樹の秘密の準備も、少しずつ進んできました。
舞夜にプレゼントを渡す日は、まだ先ですが――。
二人の距離がどう変わっていくのか、次回もぜひ見守ってください!




