初めてのアルバイト
金曜日。
授業が終わると、俺はいつもより少し早く荷物をまとめた。
「大樹くん」
教室を出ようとしたところで、足を止める。
舞夜が俺の机のそばに立っていた。
「もう帰るんですか?」
「うん。ちょっと用事があって」
「最近、放課後になるといつも用事がありますね」
舞夜は笑っていた。
でも、その瞳には少しだけ好奇心が浮かんでいる。
「大事なことですか?」
「うん」
「……何なのか、聞いてもいいですか?」
一瞬、話してしまおうかと思った。
でも――。
あのペンダントを思い出す。
まだ、駄目だ。
「……秘密」
舞夜が少し頬を膨らませる。
「また秘密ですか……」
「ごめん」
「いいですけど」
舞夜は小さく笑った。
「いつか、ちゃんと教えてくださいね」
「うん。ちゃんと話すよ」
「約束ですよ?」
「約束」
俺はそう答えて、教室を出た。
向かった先は――。
あのカフェだった。
今日は、初めての正式なアルバイトの日だ。
店に着くと、店長が俺を迎えてくれた。
「ちょうどいい時間だな」
「はい」
「今日は結構忙しくなると思うぞ」
俺は店内を見る。
すでに何席か埋まっている。
「分かりました」
制服に着替え、仕事を始める。
最初は、それほど難しくなかった。
テーブルを片づける。
注文を運ぶ。
食器を下げる。
けれど――。
しばらくすると、客が次々と入ってきた。
「四番テーブル!」
「はい!」
「大樹、これを二番に運んでくれ」
「分かりました!」
「終わったら五番を片づけてくれ」
「はい!」
必死に動き続ける。
でも、一度だけ飲み物を運ぶのを忘れそうになった。
「大樹!」
「……あ!」
俺は慌てて戻る。
「すみません!」
店長が首を横に振る。
「気にするな。今日が初日だろ?」
「……もっと頑張ります」
「それでいい」
それからも、俺は仕事を続けた。
時間が経つにつれて、少しずつ動き方にも慣れてくる。
そして――。
ようやく、最初のシフトが終わった。
「……疲れた」
制服を脱ぎながら、俺は大きく息を吐く。
「初日にしては、よくやったな」
店長が声をかけてくれる。
「ありがとうございます」
「明日も頼むぞ」
「はい」
カフェを出る。
夜の冷たい空気が、顔に当たった。
疲れた。
本当に疲れた。
でも――。
その瞬間、俺はアルバイトを始めた理由を思い出した。
小さなペンダント。
星。
そして、それを受け取った舞夜が笑う姿。
「……まだまだだな」
俺は小さく呟く。
「でも、絶対に手に入れる」
今日もらった給料を見る。
そして、丁寧に財布へしまう。
使わない。
一円一円に、ちゃんと目的がある。
───
家に帰ると、母さんが驚いたように俺を見る。
「遅かったわね」
「うん。ちょっと用事があって」
「大丈夫?」
「疲れたけど、大丈夫」
俺はそのまま自分の部屋へ上がる。
バッグを置く。
ベッドに座る。
身体が、今すぐ眠りたいと言っている。
それでも、寝る前にスマートフォンを手に取った。
メッセージが一件届いていた。
舞夜からだった。
『ちゃんと帰れましたか?』
俺は思わず笑う。
『うん。今、家に着いたよ』
しばらくすると、返信が届いた。
『よかったです。今日はゆっくり休んでくださいね』
俺はその画面を数秒見つめる。
そして返信する。
『ありがとう。舞夜もゆっくり休んで』
スマートフォンを枕元に置く。
目を閉じる。
疲れている。
本当に疲れていた。
でも、眠りに落ちる直前――。
最後に一つの光景が頭に浮かんだ。
舞夜が、小さなペンダントを手にしている。
星と花が輝いている。
そして――。
舞夜が笑いながら、俺の名前を呼ぶ。
「……大樹くん」
その光景を思い浮かべるだけで――。
俺は、眠りにつく直前まで笑っていた。
第287話を読んでくださって、ありがとうございます。
大樹のホワイトデーへの秘密の準備が、いよいよ本格的に始まりました。
次回も、二人の物語をぜひ見守ってください!




