本命チョコ?
昼休み。
舞夜の向かいの席に、結衣が座っていた。
俺は少し離れたところで、松と話している。
最初は、二人の会話を特に気にしていなかった。
けれど――。
ふと、自分の名前が聞こえてきた。
「舞夜」
「何ですか?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
結衣が舞夜に少し身を寄せる。
「大樹に渡したチョコ……」
舞夜の動きが止まった。
「……はい?」
「本命チョコだったの?」
舞夜の顔が、一瞬で赤くなる。
「ゆ、結衣!」
「ちょっと気になっただけ」
「どうしてそんなこと聞くんですか?」
「だって、気になるじゃん」
舞夜は周囲を見回す。
それから、声を落とした。
「……はい」
結衣が嬉しそうに笑う。
「やっぱり」
「でも……そんなに大きな声で言わないでください」
「小さい声で話してるよ?」
「私にとっては大きいです!」
結衣が笑う。
「じゃあ、本命チョコだったんだ」
舞夜はゆっくり頷いた。
「……はい」
「自分で作ったの?」
「はい」
「カードも書いた?」
「はい」
「それに、箱まで取っておいてってお願いしたんだ?」
舞夜が黙る。
「……それも、はい」
結衣は頬杖をついた。
「本当に頑張ったんだね」
「……頑張りたかったんです」
「好きだから?」
舞夜が俯く。
数秒の沈黙。
「……はい」
結衣の笑顔が、一瞬だけ消えた。
「……すごく?」
舞夜は小さく息を吸う。
そして、顔を上げた。
「はい」
「……大好きなんです」
結衣が再び笑った。
「じゃあ、いつかちゃんと本人に伝えられるといいね」
舞夜は少し考える。
「……いつになるかは、まだ分かりません」
「焦らなくていいよ」
「分かっています」
舞夜は俺のほうを見る。
俺は松と話していて、二人の会話には気づいていない。
舞夜が小さく笑った。
「……今は、これで幸せです」
「これで?」
「はい」
「大樹が隣にいることで?」
舞夜は頷いた。
「……大樹くんが、隣にいてくれることが」
結衣はしばらく舞夜を見つめていた。
そして、優しく笑った。
「……それなら、いいんじゃない?」
舞夜も笑う。
「ありがとうございます」
───
それから数分後。
結衣が俺たちのところへ戻ってきた。
「大樹」
「ん?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「また?」
「うん」
「何?」
結衣が笑う。
「舞夜のチョコ、どう思った?」
「だから、すごく美味しかったって」
「味の話じゃなくて」
「じゃあ、何の話?」
結衣が少しだけ身を乗り出す。
「大樹にとって、あのチョコはどんな意味があったの?」
俺は少し考えた。
そして、舞夜を見る。
舞夜は麻美と話していた。
俺はもう一度、結衣を見る。
「……大切なものだったよ」
「どうして?」
「舞夜が作ってくれたから」
結衣が笑う。
「それだけ?」
「……それだけじゃない」
俺は少し間を置いた。
「舞夜がすごく頑張ったって分かるから」
結衣はすぐには答えなかった。
そして、しばらくして笑った。
「……そっか」
「どうしてそんなこと聞くんだ?」
「ちょっと気になっただけ」
「それ、さっきも言ってたな」
「だって、本当にそうなんだもん」
結衣は立ち上がる。
「じゃあ、私はこれで」
「これでって……」
「うん。聞きたいことは聞けたから」
結衣はそのまま離れていく。
けれど、数歩進んだところで振り返った。
そして、少しだけ身を屈める。
「……じゃあ、その箱。ちゃんと大切にしてあげてね」
「分かってるよ」
結衣は満足そうに笑い、今度こそ女子たちのところへ戻っていった。
俺は舞夜を見る。
すると、舞夜もちょうどこちらを見ていた。
目が合う。
そして――。
舞夜が笑った。
俺も笑い返す。
言葉は必要なかった。
あの日、何があったのか。
俺たちは二人とも知っている。
まだ、俺たちの間にあるものに名前をつけたわけじゃない。
それでも――。
小さな言葉や仕草の一つ一つが。
俺たちの距離を、少しずつ縮めているような気がした。
読んでいただき、ありがとうございます!
次の話でまたお会いしましょう!




