忘れられない笑顔
昼休み。
俺と舞夜は、いつの間にか二人で廊下を歩いていた。
朝の出来事があったせいか、俺たちの間にはいつもとは少し違う空気が流れている。
穏やかで――。
それでいて、どこか近くなったような感覚。
「大樹くん」
「ん?」
「少し聞いてもいいですか?」
「もちろん」
舞夜は指先を小さく弄びながら、俺を見る。
「……本当に、チョコレート美味しかったですか?」
「うん」
「どれが一番好きでした?」
「真ん中にあったやつかな」
舞夜が顔を上げる。
「……あれですか?」
「うん」
「実は、あれだけ少し違うように作ったんです」
「どうして?」
舞夜は恥ずかしそうに微笑んだ。
「……特別なものを、一つ入れたかったからです」
「特別?」
「はい」
舞夜は少し考えるように視線を落とす。
「他のものとは違うものを見つけてほしかったんだと思います」
「じゃあ、作戦成功だな」
「……本当ですか?」
「うん」
舞夜が笑った。
その笑顔が――。
教室に戻ったあとも、俺の頭から離れなかった。
いつもクラスメイトに向けている笑顔とは違う。
少しだけ小さくて。
少しだけ恥ずかしそうで。
そして、なぜか俺だけに向けられているように感じた。
次の授業が始まってから、俺は必死に集中しようとした。
けれど、気づけば何度もあの笑顔を思い出してしまう。
そして、ようやく授業が終わる。
俺が荷物をまとめていると、舞夜が近づいてきた。
「大樹くん」
「ん?」
「……ありがとうございます」
「何が?」
「チョコレートを、あんなに喜んで受け取ってくれて」
「そんなの、気にしなくていいよ」
「……でも、言いたいんです」
舞夜が少しだけ俯く。
「すごく緊張していたので」
「それは分かった」
「……そんなに?」
「うん。少しだけ」
舞夜が頬を膨らませる。
「気づかれてないと思ってました」
「結構分かりやすかったよ」
「……恥ずかしいです」
俺は笑った。
「でも、可愛いと思った」
舞夜が勢いよく顔を上げる。
「……可愛い?」
「うん」
「どうしてですか?」
「それだけ、俺がどう思うのかを気にしてくれてたってことだから」
舞夜は黙った。
そして、しばらくして――。
また笑った。
「……もちろん、気にしてました」
あまりにも自然な返事だった。
一瞬、俺たちは何も言えなくなる。
先に視線を逸らしたのは舞夜だった。
「……特別なものにしたかったんです」
「十分、特別だったよ」
「……よかったです」
俺たちは並んで歩き始める。
すると、少しして舞夜が足を止めた。
「大樹くん」
「ん?」
「一つ、お願いしてもいいですか?」
「もちろん」
「……箱、捨てないでください」
俺はバッグの中に入れてある小さな箱を思い出す。
「この箱?」
「はい」
「別に、捨てるつもりはないけど」
舞夜が微笑む。
「……取っておいてほしいんです」
「どうして?」
「それは……」
舞夜は少し考える。
「初めて、大樹くんのためにああいうものを作ったからです」
俺は笑った。
「じゃあ、大切に取っておくよ」
「……本当ですか?」
「本当」
舞夜は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
「これも、別にお礼を言わなくていいのに」
「分かってます」
舞夜が俺を見る。
「でも……言いたいんです」
俺たちはまた歩き始めた。
なぜか、二人とも教室へ戻るのを急いではいなかった。
ただ並んで歩いている。
それだけなのに、不思議と心地よかった。
そして俺は思う。
たぶん――。
変わったのは、舞夜が俺にチョコレートをくれたことだけじゃない。
俺たちの間には、少しずつ特別な時間が増えている。
何気ない会話。
一つの笑顔。
短いメッセージ。
一枚の写真。
そして、一箱のチョコレート。
どれも、一つ一つは小さな出来事だ。
でも――。
そんな小さな出来事が、少しずつ積み重なっている。
舞夜が隣を歩いている。
その横顔を見ながら、俺はふと思った。
もしかしたら、いつか――。
今まで積み重ねてきた、こういう小さな瞬間のすべてが。
もっと大きな何かに変わっていくのかもしれない。
読んでいただき、ありがとうございます!
次の話でまたお会いしましょう!




