想いの味
翌朝。
俺は、いつもより少し早く学校へ着いた。
眠れなかったわけじゃない。
でも――。
よく眠れたとも言えなかった。
目を閉じるたびに、舞夜からもらった小さな箱のことを思い出してしまう。
そして、あのカード。
『自分で作ったものを、大樹くんに渡したいと思いました』
シンプルな言葉。
それなのに、ずっと頭の中に残っていた。
教室に入ると、舞夜はもう来ていた。
窓際の席に座っている。
俺に気づくと、顔を上げた。
「おはようございます、大樹くん」
「おはよう」
俺は自分の席へ向かう。
舞夜は落ち着いているように見えた。
……いや。
落ち着きすぎている気もする。
けれど、俺のほうをまっすぐ見た瞬間――。
「……食べましたか?」
いきなりだったので、俺は思わず笑いそうになった。
「うん」
舞夜の姿勢が少しだけ伸びる。
「……どうでした?」
「すごく美味しかったよ」
舞夜の目が輝いた。
「本当ですか?」
「うん」
「無理して言ってません?」
「言ってないよ」
俺はスマートフォンを取り出し、昨夜送ったメッセージを見せる。
「ちゃんと本当のことを言っただろ?」
舞夜が画面を見る。
そして、嬉しそうに笑った。
「……よかったです」
「それに――」
俺は少し間を置く。
「すごく頑張ったんだって、食べて分かった」
舞夜の表情が少し変わった。
「……どうして分かったんですか?」
「チョコレートを見れば分かるよ」
「本当に?」
「うん」
舞夜は少し恥ずかしそうに視線を落とす。
「……最初は、色々大変だったんです」
「大変?」
「最初に作ったものは、あまり上手くできなくて」
「何回くらい?」
舞夜は黙った。
「舞夜?」
「……言いたくありません」
「それなら、余計に気になるな」
俺は少し考える。
「五回?」
「違います」
「じゃあ、十回?」
「そ、そんなにはありません!」
舞夜は慌てて口元を押さえた。
俺は舞夜を見る。
「……じゃあ、五回以上なんだ」
「大樹くん!」
二人で顔を見合わせる。
そして――。
同時に笑った。
しばらくして、舞夜がもう一度俺を見る。
「でも……最後は、ちゃんとできました」
「うん」
「大樹くんも、気に入ってくれました」
「すごく美味しかった」
舞夜が微笑む。
その笑顔は、今までとは少し違っていた。
もっと穏やかで――。
ここ数日ずっと抱えていた不安が、ようやく消えたような笑顔だった。
「……それなら、嬉しいです」
「俺も嬉しいよ」
「……大樹くんも?」
「うん」
舞夜が少し首を傾げる。
「どうしてですか?」
俺は少し考えた。
そして――。
「舞夜がくれたものだから」
舞夜は黙った。
頬が、また赤くなっていく。
「……大樹くん」
「ん?」
「大樹くんは、時々……私を困らせることを言いますよね」
「また?」
「はい」
俺は笑った。
「ごめん」
「……全然、反省してないですよね?」
「……少しだけ」
舞夜が小さく笑う。
そのとき――。
「おはよう」
後ろから結衣の声がした。
「おはよう、結衣」
結衣はまず舞夜を見る。
次に俺を見る。
そして――。
ニヤッと笑った。
「どうやら、チョコレートは大成功だったみたいだね」
舞夜の顔が赤くなる。
「結衣……」
「何?」
「変なこと言わないでください」
「何も言ってないよ」
「でも、その顔……」
「どんな顔?」
「何か企んでいる顔です」
結衣が笑う。
「そうかもね」
そして、俺のほうを見る。
「大樹」
「ん?」
「カードはちゃんと取っておいた?」
俺は驚いた。
「……どうしてカードがあるって知ってるんだ?」
結衣が固まった。
舞夜の目が大きく開く。
「結衣!」
「……あ」
結衣は慌てて口元を押さえた。
「しまった。今のは忘れて」
舞夜は完全に恥ずかしそうに俯いている。
俺は思わず笑った。
「大丈夫だよ」
結衣も笑う。
「じゃあ、大樹」
「何?」
「カード、どうしたの?」
俺は舞夜を見る。
舞夜も、少し気になるようにこちらを見ていた。
「ちゃんと取ってあるよ」
「どこに?」
「なくさない場所に」
舞夜が視線を落とす。
そして――。
小さな笑顔を浮かべた。
結衣も満足そうに笑う。
「じゃあ、答えは聞かなくても分かったかな」
「何の答え?」
「何でもない」
結衣はそれだけ言うと、これ以上何も聞かずに離れていった。
俺と舞夜の間に、静かな時間が流れる。
そして、舞夜が小さな声で言った。
「……取っておいてくれて、嬉しいです」
「俺も、取っておいてよかったと思ってる」
「どうして?」
俺は舞夜を見る。
「この思い出を、残しておきたいから」
舞夜は何も答えなかった。
けれど――。
その笑顔が、すべてを伝えてくれた。
その瞬間、俺は気づいた。
チョコレートは確かに甘かった。
でも――。
本当に残しておきたいのは、その味じゃない。
舞夜からチョコレートをもらったこと。
そして、そこに込められた彼女の気持ち。
俺が残したいのは――。
その思い出だった。
読んでいただき、ありがとうございます!
次の話でまたお会いしましょう!




