君のために作ったチョコレート
学校を出てから、俺たちはしばらく一緒に歩いた。
遠くまで行くわけではない。
ただ、まだ学校から帰っていく生徒たちの声が聞こえる場所から、少しずつ離れるように、静かな道を歩いていく。
舞夜は俺の隣を歩いていた。
両手には、あの小さな箱を抱えている。
俺は、できるだけ箱を見ないようにしていた。
……けれど、難しかった。
「大樹くん」
「ん?」
「……緊張していますか?」
突然の質問に、俺は少し驚いた。
「……少し」
舞夜が微笑む。
「私もです」
「どのくらい?」
「……すごく」
「そんなふうには見えないけど」
「見えないように頑張っているんです」
「……あまり成功してないな」
舞夜が小さく笑った。
「じゃあ、私たちは同じですね」
そのまま、しばらく歩く。
そして――。
舞夜が足を止めた。
「……ここなら」
俺たちは、小さな公園の近くにいた。
人はそれほど多くない。
何人かの学生が歩いているくらいで、道路を通る人もまばらだった。
舞夜は深く息を吸う。
そして、手元の箱を見る。
「……これ、自分で作ったんです」
「本当に?」
「はい」
「じゃあ、かなり時間がかかったんじゃない?」
「……結構かかりました」
舞夜は少し恥ずかしそうに笑った。
「何度か失敗もしました」
「失敗?」
「はい」
「……それを聞いたら、もっと気になってきた」
舞夜が笑う。
「……期待しすぎないでくださいね」
「大丈夫だよ」
「どうして?」
舞夜が顔を上げる。
俺は少し考えてから答えた。
「舞夜が作ったものだから」
舞夜の動きが止まった。
頬が、ゆっくり赤く染まっていく。
「……大樹くん」
「ん?」
「……そういうこと、急に言わないでください」
「どうして?」
「……もっと緊張するじゃないですか」
俺は笑った。
「ごめん」
「……本当にそう思ってます?」
「……少しだけ」
舞夜も小さく笑った。
そして――。
ついに、その箱を俺へ差し出した。
「……それじゃあ」
俺は両手で箱を受け取る。
「ハッピーバレンタイン、大樹くん」
小さな箱を見つめる。
紫色のリボンが、丁寧に結ばれていた。
「ありがとう、舞夜」
「……家に帰ってから開けてくださいね」
「今、開けちゃ駄目?」
「駄目です」
即答だった。
「家で開けてほしいです」
「分かった」
俺は頷いた。
「約束する」
舞夜の表情が、少しだけ安心したように緩む。
「……中にカードも入っています」
「カード?」
「はい」
「それも今、読んじゃ駄目?」
「駄目です!」
思わず笑ってしまう。
「分かったよ」
箱を大切にしまう。
舞夜は少し俯いた。
「……気に入ってくれるといいんですけど」
「きっと気に入るよ」
「まだ食べてないのに?」
舞夜が顔を上げる。
俺は少し考えてから答えた。
「関係ないよ」
「……どうして?」
「舞夜が俺のことを考えて作ってくれたものだから」
舞夜は完全に黙り込んだ。
そして――。
小さく笑った。
さっきまでよりも、ずっと自然な笑顔だった。
「……はい」
少しだけ恥ずかしそうに頷く。
「大樹くんのことを考えて、作りました」
数秒間。
俺たちは何も言わなかった。
二月の風が吹き、舞夜の長い紫がかった髪が静かに揺れる。
やがて、舞夜が空を見上げた。
「……明日が、本当のバレンタインですね」
「そうだな」
「でも……」
舞夜は再び俺を見る。
「今日は、少しだけ安心しました」
「それならよかった」
舞夜は微笑んだ。
「大樹くん」
「ん?」
「……待っていてくれて、ありがとうございました」
「俺のほうこそ」
手元の箱を見る。
「渡してくれて、ありがとう」
舞夜は嬉しそうに笑った。
「……それじゃあ、また明日」
「ああ。また明日」
舞夜が歩き始める。
けれど、数歩進んだところで振り返った。
「……あっ!」
「ん?」
「ちゃんと開けてくださいね!」
俺は笑った。
「約束する!」
舞夜は安心したように手を振り、そのまま歩いていった。
俺はしばらく、その場に立ったままだった。
そして、両手に持った小さな箱を見る。
何日も待っていた瞬間だった。
そして――。
今、その瞬間がようやく訪れた。
家へ向かって歩きながら、俺は自然と笑っていた。
バレンタインは、まだ終わっていない。
むしろ――。
俺にとっては、ここから始まったばかりだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
大樹のもとに、ついに舞夜のチョコレートが届きました。
次回はいよいよ、その箱を開ける瞬間です。
次の話もぜひ楽しみにしていてください。




