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予期せぬ機会

最後の授業は、思っていたよりも長く感じた。


ようやくチャイムが鳴ると、生徒たちは次々と帰り支度を始め、教室を出ていく。


俺は席に座ったまま残っていた。


舞夜を待つと約束したからだ。


舞夜も残る準備をしているようだった。


教科書やノートをゆっくりとバッグへしまい、何度も中身を確認している。


そこへ、結衣が近づいてきた。


「舞夜」


「はい?」


「準備できた?」


舞夜は深く息を吸った。


「……はい」


結衣は俺のほうを見ると、微笑んだ。


「じゃあ、私は邪魔しないね」


「ありがとう、結衣」


結衣はそのまま教室を出ていった。


しばらくして――。


教室には、俺と舞夜だけが残った。


「大樹くん」


「うん」


舞夜がこちらへ歩いてくる。


その手は、バッグの持ち手を強く握っていた。


「待っていてくれて、ありがとうございます」


「これくらい、別にいいよ」


舞夜は数秒間、黙っていた。


そして、小さく息を吸う。


「……渡したいものがあるんです」


心臓が、少しだけ速くなる。


「渡したいもの?」


「はい」


舞夜はゆっくりとバッグを開こうとした。


――その瞬間。


廊下から声が聞こえた。


「大樹!」


「……松?」


松が何人かのクラスメイトと一緒に教室へ入ってきた。


「まだいたのか?」


「ああ」


松は舞夜に気づいた。


そして、彼女が開こうとしているバッグを見る。


「……あ」


松の口元に、意味ありげな笑みが浮かんだ。


舞夜の顔が一気に赤くなる。


「ち、違いますから」


「俺、何も言ってないけど?」


「……でも、考えてますよね?」


「まあ、ちょっと」


俺はため息をついた。


「松、何か用なのか?」


「ああ。先生から、これを職員室に持っていってくれって頼まれたんだ」


松は書類の入ったファイルを俺に差し出した。


「悪いけど、一緒に来てくれないか?」


俺は舞夜を見る。


舞夜は、ゆっくりとバッグから手を離した。


「……行ってきてください」


「でも……」


「大丈夫です」


舞夜は微笑んだ。


「ここで待っていますから」


「本当に?」


「はい」


俺は頷いた。


「分かった。すぐ戻る」


そして、松と一緒に教室を出た。


廊下を歩いていると、松が横目で俺を見る。


「……俺、邪魔したよな?」


「……うん」


「悪かった」


「気にするなよ」


「でも、かなり大事なところだったんだろ?」


「……そうだと思う」


松が笑った。


「だったら、急げよ」


───


職員室へ書類を届け、俺はすぐに教室へ戻った。


けれど――。


舞夜の姿は、もうなかった。


俺の机の上に、小さなメモが置かれている。


手に取って読む。


『大樹くん、結衣さんと少し話してきます。

校門で待っています』


俺は小さく笑った。


そして、メモを大切にしまう。


教室を出て、校門へ向かった。


すると――。


舞夜が待っていた。


二月の風が、舞夜の長い紫がかった髪を静かに揺らしている。


俺の姿を見つけると、舞夜は微笑んだ。


「……来てくれましたね」


「戻るって言っただろ」


「はい」


舞夜はバッグを胸の前で抱えている。


さっきよりも、さらに緊張しているように見えた。


「……今度こそ」


舞夜が小さく呟く。


「大樹くんに、渡したいものがあります」


今度は周りに誰もいない。


教室の中の騒がしさも聞こえない。


ここには、俺と舞夜しかいなかった。


舞夜はゆっくりとバッグを開く。


そして――。


小さな箱を取り出した。


淡い色の箱。


そこには紫色のリボンが結ばれている。


俺の心臓が大きく跳ねた。


舞夜は箱を両手で大切そうに持つ。


「大樹くん……」


頬は真っ赤だった。


「ハッピーバレンタインです」


そう言って、俺へ箱を差し出す。


けれど――。


その直前。


舞夜の手が止まった。


「……待ってください」


箱が、ほんの少しだけ引き戻される。


「どうしたの?」


舞夜は深く息を吸った。


「……もう少し、静かな場所で渡したいです」


そして、学校の外へ視線を向けた。


「少しだけ、一緒に歩いてもらえませんか?」


俺は笑った。


「もちろん」


舞夜の表情が、少しだけ安心したように緩む。


「……ありがとうございます」


俺たちは並んで歩き始めた。


舞夜の両手には、まだ小さな箱がある。


チョコレートは、もうすぐ俺の手に渡る。


なのに――。


なぜだろう。


俺には、あの瞬間にはもう少しだけ時間が必要な気がしていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


いよいよ舞夜が大樹にチョコレートを渡す瞬間が近づいてきました。


次回もぜひ楽しみにしていてください。

また次の話でお会いしましょう。

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