↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
272/323

前日

明日は、バレンタイン。


そう考えるだけで、心臓が少しだけ速くなる。


家へ帰る道の途中も、俺はずっと舞夜との会話を思い出していた。


『明日……放課後、少しだけ残っていてください』


もう、疑う余地はない。


舞夜は何かを準備している。


そして、俺が何を考えているのかも、おそらく本人には分かっている。


それでも、俺は待つことにした。


自分から聞いて、その瞬間を壊したくなかった。


その頃――。


舞夜の家では。


「……これで、完成です」


舞夜は最後のチョコレートを箱の中へ入れた。


今度は、自分でも満足できる出来だった。


小さなハート型のチョコレート。


一つ一つ、丁寧にデコレーションされている。


その中央には、少しだけ違うものが一つ。


ホワイトチョコレートを使って、小さな飾りを作っていた。


「……これは、大樹くんの分です」


舞夜が小さな声で呟く。


その様子を、ドアのところから見ていた千代子が微笑んだ。


「頑張ったわね」


「はい」


舞夜は箱を閉じる。


そして、用意していたカードを取り出した。


もう一度、書かれている言葉を読む。


『ハッピーバレンタイン、大樹くん。

自分で作ったものを、大樹くんに渡したいと思いました。』


一度。


二度。


そして、三度。


舞夜は何度も読み返した。


「……大丈夫」


カードを箱の中へ入れる。


その上から蓋を閉じ、紫色のリボンを丁寧に結んだ。


そして、完成した箱を両手で大切に持つ。


「……これで、準備はできました」


「準備はできた?」


千代子が尋ねる。


舞夜は数秒間、黙っていた。


「……たぶん」


「緊張してる?」


「……すごく」


千代子が舞夜のそばへ歩み寄り、乱れていた髪をそっと整える。


「難しいことを言わなくてもいいのよ」


「……はい」


「ただ、素直になればいいの」


舞夜は小さく頷いた。


「……頑張ってみます」


「それから、焦らなくてもいいからね」


「分かっています」


舞夜は微笑んだ。


「ただ……大樹くんに、私が大樹くんのことを考えて作ったって分かってほしいんです」


千代子も頷く。


「それなら、きっと明日で十分よ」


舞夜は箱をバッグの中へしまった。


けれど、閉じる前にもう一度中を確認する。


カード。


チョコレート。


リボン。


全部、ちゃんと入っている。


これで準備は終わった。


───


そして翌日。


ついに、バレンタイン当日がやってきた。


俺はいつもより数分早く学校へ着いた。


どうして早く来たのか、自分でも分からない。


……たぶん。


放課後、舞夜を待たせたくなかったからだ。


教室に入る。


けれど、まだ舞夜は来ていなかった。


俺は自分の席に座る。


そして、また考え始めた。


――何て言えばいいんだろう。


「ありがとう」


……いや。


それだけじゃ、あまりにも簡単すぎる。


「すごく嬉しい」


それなら、まだいいかもしれない。


でも、それでも自分の気持ちを全部伝えられるわけじゃない。


「……俺、何やってるんだ?」


思わずため息が出た。


「バレンタインのこと考えてるのか?」


「うわっ!」


背後から松の声がした。


「いつからそこにいたんだよ!」


「結構前から」


「……何も聞いてないだろうな?」


「十分聞いた」


松はニヤッと笑った。


「頑張れよ」


「……頑張れ?」


「お前には必要だろ」


そう言って、松は笑った。


俺が何か言い返すより先に――。


教室のドアが開いた。


舞夜が入ってきた。


俺たちの視線が合う。


舞夜が微笑んだ。


けれど――。


すぐに分かった。


今日は、いつも以上に緊張している。


両手でバッグをしっかりと持っている。


そして俺には、その中に何が入っているのか分かっていた。


舞夜が俺のところへ近づいてくる。


「おはようございます、大樹くん」


「おはよう」


「……昨日のことなんですが」


「うん」


「放課後……」


「残るよ」


舞夜が嬉しそうに微笑んだ。


「……ありがとうございます」


そして、自分の席へ戻っていった。


それから午前中の間、俺たちはその話題を一度も口にしなかった。


けれど――。


二人とも分かっている。


今日は、何かが起こる。


時間が進むにつれて、俺の中には不思議な感覚が膨らんでいった。


緊張。


期待。


そして、それだけでは説明できない何か。


初めてだった。


早く一日が終わってほしくないと思ったのは。


むしろ――。


その時間が来てほしかった。


舞夜が何を準備してくれたのか知りたい。


そして何より――。


そのチョコレートを渡す瞬間の舞夜が、どんな表情をするのか。


俺は、それを見たかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


次回もぜひ読んでください。

また次の話でお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。