結衣のアドバイス
休み時間は、それからすぐにやってきた。
チャイムが鳴ると、何人かのクラスメイトが教室を出ていく。
俺は松と少し話していた。
その間に、舞夜と結衣は廊下の少し静かな場所へ移動していった。
二人の会話までは聞こえない。
けれど、舞夜の表情を見れば――。
何か大切な話をしていることは分かった。
「……明日が、その日だね」
結衣が言う。
舞夜は小さく頷いた。
「はい」
「それで、渡すの?」
「……渡したいです」
「それ、答えになってないよ」
舞夜は視線を落とした。
「……はい」
結衣は嬉しそうに笑った。
「よし」
「でも……緊張します」
「そりゃ、緊張するよ」
「もし、大樹くんが気に入ってくれなかったら……」
「大丈夫。絶対喜んでくれるよ」
「どうして、そんなに自信があるんですか?」
「だって、舞夜が作ったんだから」
舞夜は何も言わなかった。
結衣は少しだけ表情を柔らかくする。
「それに、チョコレートが完璧じゃなくてもいいんだよ」
「……分かっています」
「大切なのは、舞夜が本当に大切な人に渡すってことだから」
舞夜は胸の前で、そっと手を握った。
「……だからこそ、緊張するんです」
結衣は数秒間、舞夜を見つめた。
「ねえ、私が思うことを言ってもいい?」
「何ですか?」
「舞夜は、大樹がどう反応するかを考えすぎてるんだと思う」
「……どうすればいいんでしょう?」
「渡して、自分が本当に伝えたいことを言えばいいよ」
舞夜の頬が赤くなる。
「……それが難しいんです」
「じゃあ、簡単なところから始めればいい」
「例えば?」
結衣は少し考えた。
「『ハッピーバレンタイン』」
舞夜は頷いた。
「それなら言えます」
「そのあと、箱を渡す」
「はい」
「そして、笑う」
「……それだけですか?」
「今は、それだけ」
舞夜が小さく笑った。
「もっと長いアドバイスをされると思っていました」
「必要なら、いくらでも話すけど?」
「……遠慮します」
「じゃあ、一つだけ覚えておいて」
結衣が少しだけ舞夜に近づく。
「明日、全部を告白する必要はないよ」
舞夜が顔を上げる。
「……全部、言わなくても?」
「うん」
結衣は頷いた。
「まずはチョコレートを渡せばいい。それだけで十分」
「……」
「その瞬間がどんなものになるかは、そのときに任せればいいんだよ」
舞夜はしばらく黙っていた。
そして――。
「……ありがとう、結衣」
「どういたしまして」
そのとき、結衣が舞夜のバッグへ視線を向けた。
「……ねえ、箱は持ってきたの?」
舞夜は慌ててバッグを閉じた。
「見ないでください!」
「聞いただけだよ!」
「サプライズなんです!」
結衣が声を上げて笑う。
「分かった、分かった」
舞夜は小さくため息をついた。
そして、誰にも見られないようにバッグをそっと撫でる。
「……ちゃんと渡せるといいな」
「大丈夫。きっと上手くいくよ」
「もし、緊張しすぎたら?」
「深呼吸」
「もし、何も話せなくなったら?」
「そのまま渡せばいい」
「もし、それもできなかったら?」
結衣は笑った。
「そのときは、私が一緒に行ってあげる」
舞夜が顔を上げる。
「……本当に?」
「もちろん」
そして、結衣は少しだけ笑って付け加えた。
「……でも、できれば舞夜一人で渡してほしいかな」
舞夜も小さく笑った。
「……頑張ってみます」
「それで十分だよ」
───
その頃の俺は――。
二人が何を話しているのか、まったく知らなかった。
しばらくして、舞夜と結衣が教室へ戻ってくる。
舞夜は自分の席に座った。
結衣は俺の横を通り過ぎる。
けれど――。
途中で足を止めた。
「大樹」
「ん?」
「明日……」
「明日がどうした?」
結衣は、なぜか妙な笑顔を浮かべた。
「……遅れないでね」
「何で?」
「いいから」
それだけ言って、結衣はそのまま歩いていった。
俺はその背中を見つめる。
「……何だったんだ?」
さっぱり分からない。
けれど――。
なぜか、明日はいつもとは違う一日になる。
そんな気がしていた。
そして、俺はまだ知らなかった。
舞夜が、すでに一つの決断をしていたことを。
――明日。
舞夜は俺に、チョコレートを渡す。
その決意を胸に、彼女は静かにその日を待っていた。
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次の話でまたお会いしましょう!




