いつもと違う朝
翌朝。
いつもと変わらない朝だった。
起きて、朝食を食べて、学校へ向かう。
そこまでは、何も変わっていなかった。
けれど――。
教室に入った瞬間から、俺は何となく違和感を覚えていた。
何が違うのかは、はっきり分からない。
それでも、いつもとは何かが違う。
その理由が分かったのは――。
舞夜を見たときだった。
「おはようございます、大樹くん」
「おはよう」
舞夜はいつもの席に座っていた。
けれど、普段より明らかに落ち着かない。
机の上に両手を置いているのに、時々バッグへ視線を向けている。
一回。
二回。
三回。
さすがに気になって、俺は声をかけた。
「舞夜」
「はい?」
「何か緊張してる?」
舞夜の目が、ほんの少し大きくなる。
「……緊張?」
「うん」
「してません」
返事が早すぎる。
「私は、いつも通りですよ」
「そう?」
俺は舞夜を数秒間見つめた。
「じゃあ、どうしてさっきからバッグを何度も見てるの?」
舞夜の動きが止まった。
「……それは」
舞夜はバッグを見る。
そして、もう一度俺を見る。
「……大切なものが入っているんです」
「大切なもの?」
「はい」
「何?」
舞夜は小さく笑った。
けれど、その笑顔は少しだけぎこちなかった。
「秘密です」
「秘密か……」
「はい」
「最近、秘密が多くない?」
「……そうかもしれません」
そのとき――。
「おはよう!」
舞夜の後ろから、結衣が現れた。
「おはよう、結衣」
結衣はまず舞夜を見る。
次にバッグを見る。
そして、俺を見る。
その瞬間――。
ニヤリと笑った。
「……今日は、ずいぶん緊張してる人がいるね」
「結衣!」
舞夜の顔が赤くなる。
「何?」
「何って……その笑顔です」
「私の笑顔がどうしたの?」
舞夜は小さくため息をついた。
「……何でもありません」
俺は二人を黙って見ていた。
やっぱり、何かを隠している。
そして――。
それがバレンタインに関係していることにも、ますます確信が持てるようになっていた。
俺は自分の席に座る。
すると、今度は松が近づいてきた。
「大樹」
「何?」
「明日が何の日か知ってるか?」
「……バレンタイン」
「その通り!」
松は俺の机に両手をついた。
「というわけで、覚悟しておけよ」
「何の覚悟だよ」
「チョコレートを受け取る覚悟」
「別に何も期待してない」
「みんな、バレンタイン前はそう言うんだよ」
「本当に何も期待してないって」
「はいはい」
松が笑う。
そして、少しだけ声を落とした。
「でも、もし――」
松が俺の顔を覗き込む。
「……特定の誰かからもらったら、教えてくれよ」
「……何の話?」
「分かってるくせに」
「何を?」
「誰のことか」
俺は答えなかった。
松も、それ以上は追及しなかった。
俺は何となく舞夜のほうを見る。
舞夜は結衣と話していた。
けれど、その瞬間――。
またバッグへ視線を向けた。
そして、俺の胸がまた少しだけ高鳴った。
もしかしたら――。
いや。
ひょっとすると――。
あのチョコレートは、本当に俺のためなのかもしれない。
けれど、期待しすぎるのはやめようと思った。
何しろ、まだ一日ある。
舞夜が実際に渡してくれるまでは、何も分からない。
それでも――。
一時間目の授業が始まっても、俺の頭には同じことが何度も浮かんでいた。
――明日、何が起こるんだろう。
そして、なぜだろう。
俺には分かっていた。
明日のバレンタインは――。
きっと、簡単には忘れられない一日になる。
そんな気がしていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
いよいよ、バレンタイン前日です。
舞夜のバッグの中には、もうチョコレートが入っています。
そして大樹も、少しずつ期待を隠せなくなってきました。




