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小さな手掛かり

翌朝。


俺は、自分に言い聞かせていた。


何も期待していない、と。


いつもと変わらない朝だった。


同じ授業。


同じ先生たち。


休み時間になれば聞こえてくる、いつもと変わらない生徒たちの声。


それなのに――。


何かが違っていた。


バレンタインが、少しずつ近づいている。


「大樹」


松の声で、俺は我に返った。


「……何?」


「五分くらいずっと窓の外を見てるぞ」


「考え事をしてたんだよ」


「それが問題なんだって」


「どうして?」


松が怪しそうな笑みを浮かべながら、俺のほうへ身を乗り出してくる。


「ここ数日のお前、明らかに上の空だからな」


「そんなことない」


「ある」


「ない」


「ある」


「ないって」


「じゃあ、何考えてた?」


俺は口を開いた。


けれど――。


何も答えが出てこなかった。


松がニヤリと笑う。


「やっぱりな」


「何がだよ」


「お前、絶対何か隠してるだろ」


「何も隠してない」


「じゃあ、バレンタインのことか?」


その言葉を聞いた瞬間、俺の体がわずかに固まった。


「……なんでバレンタインなんだよ」


「だって、誰かがチョコの話をするたびに、舞夜のほうを見るじゃん」


「そんなことしてない!」


「今も見たぞ」


反射的に舞夜のほうを見る。


舞夜は結衣と話していた。


そして、ちょうどこちらを向いた舞夜と目が合う。


舞夜が小さく微笑んだ。


俺は慌てて視線を逸らした。


「ほら!」


松が声を上げて笑う。


「絶対、舞夜のことじゃん」


「……うるさい」


───


休み時間。


俺は飲み物を買いに行った。


教室へ戻ると――。


舞夜が俺の机の近くに立っていた。


「大樹くん」


「ん?」


舞夜は小さな何かを両手に持っていた。


「少し、いいですか?」


「もちろん」


舞夜は周囲を確認する。


そして、少しだけ俺に近づいた。


「……また聞きたいことがあるんです」


「何?」


「大樹くんの好きなチョコレートについて」


「……また?」


「はい」


舞夜は少しだけ笑った。


「ちゃんと覚えておきたくて」


「ミルクチョコ」


「はい」


「それから、ビターチョコもホワイトチョコも好きだよ」


舞夜は真剣な顔で頷いた。


「分かりました」


そして、さりげなくスマートフォンを取り出す。


何かを入力している。


「……今、メモした?」


「……たぶん」


「何のために?」


舞夜は顔を上げる。


「秘密です」


「それじゃ、余計に気になるんだけど」


「分かっています」


舞夜は小さく笑った。


そのとき――。


「……お邪魔だった?」


背後から声がした。


「結衣!」


舞夜が驚いて振り返る。


「ちょっと聞いただけだよ」


結衣は舞夜を見る。


次に、舞夜が持っているスマートフォンを見る。


そして、俺を見る。


結衣の口元に、ゆっくりと笑みが浮かんだ。


「……あ」


「何?」


「ううん、何でもない」


結衣は舞夜の隣まで近づくと、小声で尋ねた。


「もうレシピは決まった?」


舞夜の顔が一瞬で赤くなる。


「……っ! 結衣、静かに!」


俺は眉を上げた。


「レシピ?」


「何でもありません」


舞夜が即座に答える。


あまりにも早かった。


結衣は笑いをこらえるように口元を押さえる。


「はいはい」


舞夜が結衣の腕を軽く叩く。


「……何も言わないでください」


「言ってないよ」


「でも、今にも言いそうでした」


「分かった、分かった」


結衣は両手を上げた。


「秘密にしておくから」


俺は二人を見つめる。


やっぱり、何かを隠している。


そして――。


それが何なのかについて、俺の中の疑いは、ますます大きくなっていた。


───


放課後。


舞夜は、いつもより早く教室を出ていった。


その後を結衣が追いかけていく。


俺は少し遅れて荷物をまとめ、教室を出た。


廊下の先を見ると、二人の姿が見えた。


舞夜は、バッグをいつも以上に大切そうに抱えている。


その隣を結衣が歩いていた。


すると、結衣が何かを話した。


舞夜が足を止める。


そして、自分のバッグを開いた。


その瞬間――。


ほんの一瞬だけ、中に入っている小さな箱が見えた。


淡い色の箱。


そこには、紫色のリボンが結ばれていた。


舞夜はすぐにバッグを閉じた。


俺は何も言わなかった。


そのまま二人とは反対方向へ歩き出す。


けれど――。


心臓の鼓動が、少しだけ速くなっていた。


……あれはチョコレートなのか?


おそらく、そうだろう。


そして、もし本当にそうなら――。


……俺のためなのか?


証拠なんて何もない。


ただ、これまでのことを思い出してみる。


俺の好きなチョコレートを何度も聞いてきたこと。


レシピを探していたこと。


最近の舞夜の妙な様子。


そして、さっき見えた小さな箱。


全部が、同じ方向を指しているように思えた。


それでも――。


俺は聞かないことにした。


もし舞夜が、俺のために何かを準備しているのなら。


彼女自身が渡したいと思えるタイミングで、受け取りたかった。


帰り道。


俺は知らないうちに笑っていた。


もしかしたら、期待しすぎているのかもしれない。


あのチョコレートが、俺のためじゃない可能性だってある。


それでも――。


もう、否定できないことが一つだけあった。


俺は、それを受け取りたいと思っている。


そして、それ以上に――。


あのチョコレートに、舞夜がどんな想いを込めているのか。


それを知りたいと思っていた。

読んでいただき、ありがとうございます!

これからもこの物語を続けていきたいと思いますので、応援していただけると嬉しいです。

これからもよろしくお願いいたします!

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