↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
265/319

秘密の準備

あの休み時間の会話のあと、俺は授業に集中しようとした。


……あまり上手くいかなかった。


舞夜を見るたびに、さっきの会話を思い出してしまう。


『どんなチョコレートが好きですか?』


『舞夜からもらえたら嬉しい』


そして、そのあとに聞いた――。


『……それなら、よかったです』


考えれば考えるほど、分かりやすかった。


舞夜は何かを準備している。


そして、おそらく誰のためなのかも、本人はちゃんと分かっている。


問題は、俺から直接聞く気にはなれなかったことだ。


せっかく準備しているのなら、驚きを台無しにしたくない。


昼休み。


舞夜は結衣と一緒に席に座っていた。


俺は少し離れたところで、松と話していた。


けれど、二人が小声で何かを話しているのが目に入った。


「それで、もうレシピは決めたの?」


結衣が尋ねる。


舞夜は慌てて周囲を見回した。


「……もう少し小さな声で話してください」


「誰も聞いてないって」


「大樹くんが近くにいます」


「だからこそ、でしょ?」


結衣がニヤッと笑う。


「大樹にチョコを作ってるってバレるのが怖い?」


舞夜は声を落とした。


「……はい」


「じゃあ、五秒に一回くらい大樹を見てるのをやめたほうがいいよ」


舞夜の動きが止まった。


「……見てません」


「今見たよ」


「……たまたまです」


「はいはい」


舞夜は小さくため息をついた。


「……特別なものにしたいんです」


結衣は、しばらく冗談を言わなかった。


「特別って?」


「ただ買ったチョコレートを渡すだけじゃなくて……」


舞夜は少しだけ恥ずかしそうに続ける。


「自分で作りたいんです」


「なるほど。それでレシピを探してたんだ」


「はい」


「じゃあ、何を作るかはもう決まってる?」


舞夜は首を横に振った。


「まだ決めてません」


「できるだけ、ちゃんと作れるものがいいです」


そして、一度言葉を止めた。


「それに……」


「それに?」


「……残しておけるものがいいかなって」


結衣が微笑む。


「それ、かなりロマンチックじゃない?」


「そういう言い方はやめてください」


舞夜は頬に手を当てた。


「でも、本当にそういうことじゃないですか?」


「……そうかもしれませんけど」


「大樹が食べたときに、私が大樹のことを考えながら作ったんだって……少しでも伝わったらいいなって」


結衣は優しく笑った。


「だったら、完璧じゃなくてもいいんじゃない?」


「……分かっています」


舞夜は小さく頷いた。


「でも、頑張りたいんです」


「うん。それなら納得」


舞夜は、もう一度俺のほうを見る。


俺は松が言った何かがおかしくて、笑っていた。


舞夜も小さく微笑んだ。


「……渡したとき、大樹くんが笑ってくれたら嬉しいです」


「じゃあ、やることは一つだね」


「何ですか?」


「作ること」


舞夜は頷いた。


「……はい」


「作ります」


その日の放課後。


舞夜は、製菓用品を扱っている店に立ち寄った。


店内には、色々な種類の型が並んでいた。


ラッピング用の箱。


デコレーション用品。


そして、さまざまな種類のチョコレート。


舞夜は、それらを一つずつ眺めながら、しばらく店内を歩いた。


「……どれにしようかな」


悩んだ末に、いくつかの材料を選ぶ。


そして最後に、小さな箱を手に取った。


完成したチョコレートを入れるための箱だ。


淡い色のシンプルな箱。


蓋の内側には、小さなメッセージカードを入れられるスペースがあった。


舞夜はペンを取り出した。


何かを書こうとする。


けれど――。


「……何を書けばいいんだろう」


まず、


『大樹くんへ』


と書いてみる。


けれど、すぐに線を引いた。


「……シンプルすぎる」


次に、


『ハッピーバレンタイン』


と書いてみる。


しかし、それもすぐに消した。


「……ちょっと堅いかな」


結局、カードは白紙のままになった。


「……これは、あとで決めよう」


材料と箱を大切にバッグへしまう。


家に帰ると、舞夜はそのまま自分の部屋へ向かった。


机の上に材料を並べる。


そして、それをじっと見つめた。


「……よし」


舞夜は小さく頷いた。


「明日から始めよう」


片付ける前に、ふとスマートフォンを手に取る。


そして、今年のお正月に撮った写真を開いた。


雪の残る境内。


その前に並んで写る、自分と大樹。


舞夜は自然と笑顔になった。


「……これも、残しておきたい思い出だな」


スマートフォンを机の上に置く。


そのとき――。


コンコン。


ドアをノックする音がした。


「舞夜?」


母親の千代子の声だった。


「はい?」


「入ってもいい?」


「どうぞ」


ドアが開く。


千代子は部屋に入ると、机の上に並べられたものを見た。


そして、すぐに状況を理解したように微笑んだ。


「なるほど。ついに始めたのね」


舞夜の顔が赤くなる。


「ま、まだです」


「まだ?」


「材料を買ってきただけです」


「チョコレート?」


「……はい」


千代子は優しく笑った。


「大樹くんに?」


舞夜は俯いた。


「……はい」


「やっぱり」


「お母さん……」


「大丈夫よ」


千代子は笑いながら手を振った。


「邪魔したりしないから」


そして、机の上にある材料を一つ手に取る。


「一人で作るつもり?」


「……やってみたいんです」


「そう」


千代子は少し考えてから言った。


「だったら、必要なら手伝ってあげる」


舞夜が顔を上げる。


「本当ですか?」


「もちろん」


ただし、と千代子は人差し指を立てた。


「一回で完璧にできないかもしれないことは、ちゃんと覚えておくこと」


舞夜は小さく笑った。


「分かっています」


そして、材料へ視線を戻す。


「完璧じゃなくてもいいんです」


少しだけ照れながら、舞夜は続けた。


「……私が作ったものなら、それでいいんです」


千代子は、そんな娘を優しく見つめた。


「それなら、きっと十分よ」


舞夜はもう一度、机の上に並んだ材料を見る。


まだ何も作っていない。


けれど――。


今度こそ、本当に始まった気がした。


バレンタインまでは、まだ数日ある。


それでも、大樹へのプレゼントは――。


少しずつ、その形を作り始めていた。


材料を丁寧に片付けながら、舞夜の頭には一つのことだけが残っていた。


――これを受け取ったとき、大樹くんにどれだけ大切に思っているか、少しでも伝わりますように。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


舞夜のバレンタイン準備が、ついに始まりました。


まだ完成には時間がかかりそうですが、

そこには舞夜の大樹への想いが少しずつ込められていきます。


バレンタインまで、あと数日。


次回もぜひ楽しみにしていてください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。