予想外の質問
二時間目の休み時間は、気づけばあっという間にやってきた。
授業に集中しようとしていたはずなのに、頭の中は何度も同じことに戻ってしまう。
バレンタイン。
そして、何より――。
舞夜のことだった。
どうして、こんなにも気になってしまうのか、自分でもよく分からない。
少し前まで、バレンタインなんて俺にとって、それほど特別な日ではなかった。
けれど今は、チョコレートという言葉を聞くだけで、自然と舞夜の顔が浮かんでしまう。
「大樹くん」
顔を上げると、舞夜が俺の机の前に立っていた。
「ん?」
「少し、いいですか?」
「もちろん」
舞夜は俺の隣の席に腰を下ろした。
それから数秒間、何かを考えるように黙っていた。
「……聞きたいことがあるんです」
「何?」
「大樹くんは、どんなチョコレートが好きですか?」
俺は固まった。
「……チョコ?」
「はい」
「どうして?」
舞夜はふっと視線を逸らした。
「……ちょっと気になっただけです」
「それだけ?」
「はい」
「本当に?」
「……本当です」
返事が妙に早い。
「まあ……」
俺は少し考えた。
「ミルクチョコかな」
「ミルクチョコ……」
「うん」
「じゃあ、ビターチョコは?」
「それも好きだよ」
「ホワイトチョコは?」
「たぶん、それも好き」
舞夜は真剣な顔で小さく頷いた。
「なるほど……」
「なんでそんなに覚えようとしてるの?」
「覚えようとしてません」
「そう見えるけど」
「ただ、知りたかっただけです」
そう言って、舞夜は小さく笑った。
「それに……バレンタインまでは、まだ何日かありますから」
「それはそうだけど」
「だから、何の関係もありません」
「そうなんだ」
「……どうして、そんな言い方をするんですか?」
「だって、舞夜のことだから」
舞夜の頬が、ほんの少し赤くなった。
「……じゃあ、聞かないでください」
「何も言ってないだろ」
「でも、考えてますよね?」
返事をしようとした、そのときだった。
「――あっ!」
背後から声が聞こえた。
「……結衣」
舞夜が驚いて振り返る。
「何してるんですか?」
「何もしてないよ」
結衣は何食わぬ顔で答えた。
「ただ通りかかっただけ」
「数秒前から聞いてましたよね?」
「それも通りかかったうちだよ」
そう言って、結衣は俺たちの前の席に座った。
「でも、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
結衣は舞夜を見る。
「舞夜、どうして大樹が好きなチョコを知りたいの?」
舞夜が完全に動きを止めた。
「……さっき言ったでしょう」
「ただの好奇心?」
「はい」
「なるほどね」
結衣がニヤリと笑う。
「じゃあ、昨日、バレンタインまであと何日か聞いてたのも、ただの好奇心なんだ?」
「そ、それは……誰かがその話をしていたからです!」
「ふーん」
結衣はさらに笑った。
「じゃあ、今朝チョコレートのレシピを検索してたのも偶然?」
舞夜の目が大きく開いた。
「……どうして、それを知ってるんですか?」
「画面が見えたから」
「結衣……!」
舞夜は慌てて両手で顔を覆った。
「何?」
「……観察していただけですよ」
「それが一番怖いんだけど」
俺は思わず舞夜を見る。
「舞夜、レシピを探してたの?」
「……はい」
「何のために?」
舞夜は黙り込んだ。
結衣がゆっくりと眉を上げる。
「それ、私も知りたいんだけど」
「……全部、話さなくてもいいでしょう?」
「うん」
結衣は頷いた。
「でも、もう一つだけ聞いていい?」
舞夜がため息をつく。
「……どうぞ」
結衣は俺を指差した。
「そのチョコ、大樹のため?」
舞夜は完全に固まった。
そして、少しずつ顔が赤くなっていく。
俺まで頬が熱くなるのを感じた。
「結衣……」
舞夜が小さな声で言う。
「何?」
「……そんなに直接聞かないでください」
「じゃあ、大樹のためなんだ」
「ち、違います! そんなこと言ってません!」
「でも、違うとも言ってないよ?」
「……驚いただけです!」
結衣は楽しそうに笑った。
「分かった、分かった」
そして、何かを確信したように立ち上がる。
「今は何も言わないでおくね」
「……それ、全然安心できません」
「じゃあ、私は戻るね」
結衣は自分の席へ戻っていった。
その背中を見送ってから、俺は舞夜を見る。
「舞夜」
「……はい」
「本当にチョコを作ろうと思ってるの?」
「……たぶん」
「誰かのために?」
「はい」
「俺が知ってる人?」
舞夜は少し考えてから、微笑んだ。
「……たぶん」
「同じクラスの人?」
「……たぶん」
「全部、はぐらかしてるだろ」
「だって、大樹くんも結衣さんの質問を避けたじゃないですか」
「どの質問?」
舞夜は俺をじっと見る。
「……私からチョコをもらえたら嬉しいか、っていう質問です」
俺は黙った。
「……それで?」
舞夜が静かに尋ねる。
「嬉しいですか?」
どう答えればいいのか分からなかった。
けれど、ここで誤魔化すのも違う気がした。
だから、正直に答えた。
「……うん」
「嬉しい」
舞夜が少しだけ目を見開く。
それから、ふっと笑った。
「……そうですか」
「うん」
「それなら……」
舞夜は小さく息を吐いてから、嬉しそうに微笑んだ。
「……よかったです」
「どうして?」
「……何でもありません」
舞夜は立ち上がった。
「じゃあ、私は戻りますね」
「どこに?」
「勉強です」
「でも、まだ五分くらい休み時間があるぞ」
「じゃあ、その五分だけ勉強します」
そう言って、舞夜は少し早足で自分の席へ戻っていった。
俺はその背中を眺める。
すると、隣から結衣が身を乗り出してきた。
「大樹」
「何?」
「今の、結構大事な答えだったと思うよ」
「……どの答え?」
「舞夜からチョコをもらえたら嬉しいって言ったこと」
俺は少し考えた。
「……そうだな」
結衣は笑った。
「じゃあ、あとは舞夜が勇気を出して渡せるかどうかだね」
俺は舞夜のほうを見る。
舞夜は何事もなかったかのようにスマホを見ていた。
けれど――。
頬は、まだ少し赤い。
そして、なぜだろう。
バレンタインまで残り五日。
その五日間が、いつもよりずっと長く感じられそうな気がした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
大樹がついに「舞夜からチョコをもらえたら嬉しい」と伝えました。
バレンタインまで、あと五日。
舞夜は本当にチョコを作るのでしょうか?
そして、大樹はどんなバレンタインを迎えるのか――。
次回もぜひ楽しみにしていてください。




