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想いの季節

二月が、気づかないうちにやってきた。


冬休みが終わってから、学校生活はすっかりいつもの日常に戻っている。


テスト。


宿題。


長く感じる授業。


そして――。


もちろん、結衣。


「始まったよ!」


その朝、結衣の声が教室中に響いた。


俺は顔を上げる。


「何が?」


結衣は、妙に真剣な表情で窓の外を指差した。


「二月」


「それは毎年来るだろ」


「そういう意味じゃないの!」


結衣が勢いよく振り返る。


「バレンタインだよ!」


「ああ……」


ようやく意味が分かった。


その言葉を聞いた途端、何人かの男子が反応する。


「今年こそ、誰かからもらいたいな」


「俺は一個でもいい」


「お前は今年もゼロだろ」


「それはまだ分からないだろ!」


教室のあちこちで、そんな会話が始まる。


その一方で――。


舞夜は自分の席に座ったまま、スマホを見ていた。


一見すると、いつも通りだ。


けれど、何かがおかしい。


数秒おきに顔を上げては、俺のほうを見る。


そして俺と目が合うと、すぐに視線を逸らす。


「舞夜?」


「……はい?」


「大丈夫か?」


「はい。大丈夫です」


「なんか、落ち着かないように見えるけど」


「落ち着いてます」


「そうか?」


「はい」


舞夜はスマホに視線を戻す。


けれど、画面を見ているというより、何かを考えているようだった。


「じゃあ……何考えてるんだ?」


舞夜が少し黙る。


「……大事なことです」


「大事なこと?」


「はい」


そこへ、俺たちの会話を聞いていた結衣が笑顔で割り込んできた。


「どうせバレンタインのこと考えてるんでしょ?」


舞夜の肩がぴくっと動いた。


「結衣!」


「何?」


「勝手に決めつけないでください」


「じゃあ、直接聞けばいいんだね」


結衣が舞夜の机に近づく。


「舞夜、今年チョコを渡す予定ある?」


教室の空気が、一瞬だけ変わった。


舞夜が俺を見る。


そして、再び結衣へ視線を戻す。


「……はい」


たった一言。


それだけだった。


なのに――。


なぜか、俺の心臓が大きく跳ねた。


「誰に?」


結衣が尋ねる。


舞夜は答えない。


「このクラスの人?」


「……かもしれません」


「私たちが知ってる人?」


「……そうかもしれません」


「それって……」


「結衣」


舞夜が遮った。


「これ以上は答えません」


結衣は少しだけ笑う。


「分かった」


それから、最後に一つだけ質問した。


「じゃあ、**本命チョコ**?」


舞夜が完全に動きを止めた。


俺も、思わず固まる。


なぜだろう。


さっきまでの質問とは、何かが違った。


ただのチョコの話なのに。


その言葉だけが、妙に胸に引っかかった。


舞夜がゆっくりと視線を落とす。


頬が少しずつ赤くなる。


そして――。


「……はい」


その声は小さくて、ほとんど聞き取れないほどだった。


結衣が目を見開く。


そして、ゆっくりと笑った。


「……ああ」


「分かった」


舞夜が慌てて顔を隠す。


「何も言わないでください」


「言ってないよ」


「でも、笑ってます」


「だって、舞夜が嬉しそうだから」


舞夜は何も答えなかった。


俺も、黙って自分の机を見つめていた。


心臓が、まだ普段より速く動いている。


本命チョコ。


恋愛感情を抱いている相手に渡すチョコ。


つまり――。


舞夜は、誰かにそういう気持ちを抱いている。


頭では、その相手が誰なのか分かっている気がする。


でも――。


俺は勝手に決めつけたくなかった。


もし違っていたら。


そう考えると、少し怖い。


俺はゆっくりと顔を上げた。


舞夜が、こちらを見ていた。


周囲に気づかれないように、ほんの少しだけ。


俺と目が合う。


いつもなら、舞夜はすぐに視線を逸らす。


でも――。


今日は違った。


舞夜は、そのまま俺を見つめている。


そして、小さく笑った。


恥ずかしそうで。


少しだけ不安そうで。


それでも――。


とても素直な笑顔だった。


俺の胸が、また大きく跳ねる。


「……」


何も言えない。


舞夜も何も言わない。


ただ、ほんの数秒だけ視線を交わす。


やがて舞夜が、ゆっくりと前を向いた。


その頬は、まだ赤かった。


俺は自分の机に視線を落とす。


――本命チョコ。


その言葉が、頭から離れない。


冬休みが終わってから、俺たちは少しずつ変わった。


手を繋ぐこと。


一緒に帰ること。


写真を撮ること。


お互いの家族に会ったこと。


そして――。


舞夜から言われた、あの言葉。


『私に恋をしてください』


まだ、俺たちは正式に付き合っているわけではない。


気持ちをはっきりと言葉にしたわけでもない。


それでも、確実に距離は近づいている。


そんな中で迎える、二月十四日。


俺は今まで、バレンタインなんてそれほど意識したことがなかった。


チョコをもらえるかどうか。


誰が誰に渡すのか。


そんなことを、深く考えたこともない。


でも――。


今年だけは違う。


もし。


もし、舞夜からチョコをもらったら。


それが、本命チョコだったら。


俺は、どうするんだろう。


何を言えばいい?


どう受け取ればいい?


そして――。


俺自身は、舞夜に何を返せばいい?


そこまで考えて、ふと気づく。


俺はもう、「もらえるかどうか」だけを考えているわけじゃない。


舞夜から何かをもらうことを――。


期待している。


そう思った瞬間、顔が熱くなった。


「……まずいな」


小さく呟く。


すると、隣から声がした。


「何がですか?」


舞夜だった。


「いや……何でもない」


「そうですか?」


「うん」


舞夜は少しだけ首を傾げた。


そして、また小さく笑う。


その笑顔を見ていると、さっきまで考えていたことがさらに現実味を帯びてくる。


二月は、まだ始まったばかり。


バレンタインまでは、まだ時間がある。


でも――。


今年はきっと、今までとは違う。


クリスマスの時も。


お正月の時も。


俺たちは少しずつ距離を縮めてきた。


そして今度は――。


「チョコレート」という、小さな形に込められた気持ちが待っている。


本命チョコを、好きな人からもらう。


その意味を、俺は知っている。


だからこそ、怖い。


そして――。


楽しみでもある。


舞夜が誰を想っているのか。


もう答えは分かっている気がする。


でも、その答えを舞夜自身の口から聞くまでは、勝手に決めつけたくなかった。


そして何より――。


もし、その相手が俺だったなら。


俺は、今度こそ逃げずに向き合いたい。


そんなことを考えていると、教室の時計が目に入った。


二月十四日まで、あと少し。


新しい一年は、まだ始まったばかりなのに――。


俺の心は、もうその日を待ち始めていた。


バレンタインが始まった。


そして初めて――。


俺は、自分の心が誰かからのチョコレートを待っていることに気づいた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます!


二月が始まり、いよいよバレンタインの季節がやってきました。


舞夜が渡そうとしている本命チョコの相手は、果たして誰なのか。

そして大樹は、その時どんな答えを出すのでしょうか。


次回もお楽しみに!

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