次の一枚へ
朝、目を覚ます。
カーテンの隙間から差し込む冬の光が、部屋の中をゆっくりと照らしていた。
まだ少し眠気が残っている。
俺はベッドから起き上がり、時計を見る。
いつもと変わらない朝。
学校へ行くまで、まだ少し時間がある。
制服に着替える前に、俺は何となく机のほうへ目を向けた。
そこには、一枚の写真が飾ってある。
昨日、印刷してもらったばかりの写真。
一月一日に、舞夜と一緒に撮った写真だった。
神社を背景にして、俺と舞夜が並んでいる。
淡い紫色の振袖。
まとめられた長い髪。
その髪を飾る簪。
そして、二人の笑顔。
俺は椅子に座り、その写真を手に取った。
「……今年最初の思い出、か」
写真の中の舞夜を見る。
昨日も何度も見たはずなのに、今朝見ると少し違って見えた。
この写真を撮った時、俺はただ「今年最初の写真だから」と思っていた。
でも、今になって考えてみると――。
この一枚には、思っていた以上にたくさんのものが詰まっている気がする。
お正月の空気。
雪の残った境内。
屋台で食べたもの。
舞夜と歩いた時間。
手を繋いだこと。
そして、今年も一緒に思い出を作ろうと約束したこと。
俺は写真の端を指でそっとなぞった。
「……この一年、どうなるんだろうな」
もちろん、答えなんて分からない。
まだ一年は始まったばかりだ。
学校の行事もある。
季節が変われば、また違った出来事が待っている。
春になれば新しい生活が始まり、夏になれば夏休みが来る。
秋には文化祭や行事があるかもしれない。
そして、また冬が来る。
その頃には――。
俺たちは、今とは違う関係になっているのだろうか。
そこまで考えたところで、机の上に置いていたスマホが振動した。
画面を見る。
舞夜からだった。
『大樹くん』
続けて、もう一通。
『今、写真を見ていますか?』
俺は思わず目を見開いた。
「……なんで分かるんだ?」
まるで、今の俺を見ているみたいだった。
俺は返信する。
『どうして分かった?』
すぐに既読がついた。
そして――。
『私も今、見ているからです』
俺は思わず笑った。
「……またか」
俺たちは時々、同じタイミングで同じことをしている。
それが偶然なのか。
それとも、いつの間にか似てきたのか。
今は、どちらでもいい気がした。
俺はもう一度写真を見る。
そして、メッセージを送った。
『この写真、今年最初の思い出だからな』
しばらくすると返信が来る。
『はい』
そのあと、もう一通。
『今年は、この写真を超える思い出を作らないといけませんね』
俺は少し考えた。
『それは難しそうだな』
すると、すぐに返事が届く。
『じゃあ、頑張らないといけません』
『何を?』
数秒間、画面に何も表示されなかった。
やがて――。
『もっと素敵な思い出を作るためです』
俺は写真を見る。
確かに、この写真は大切だ。
でも――。
これが一年で一番大切な写真になる必要はない。
むしろ。
これからもっと増えていけばいい。
春の写真。
夏の写真。
秋の写真。
そして、また冬の写真。
そうやって一年が終わる頃には、今よりずっと多くの思い出が残っているかもしれない。
俺は返信した。
『そうだな』
少し考えてから、もう一言加える。
『一緒に作ろう』
送信すると、画面に三つの点が表示された。
舞夜が入力している。
少しして、返信が届く。
『約束です』
俺はその言葉を見て、笑った。
「約束、か」
今年に入ってから、何度この言葉を交わしただろう。
初詣の日。
今年も一緒に思い出を作ること。
学校へ戻った日。
逃げないこと。
そして今。
もっと素敵な思い出を作ること。
俺はスマホを机の上に置いた。
そのまま、もう一度写真を見る。
不思議だった。
ほんの数ヶ月前まで、俺は舞夜とこんな一年を過ごすなんて考えてもいなかった。
一緒に写真を撮ることさえ、特別なことだった。
二人で出かけることにも、理由が必要だった。
手が触れるだけで、お互いに少し気まずくなった。
それなのに――。
今では、手を繋ぐことにも少しずつ慣れてきた。
写真を撮ることも自然になった。
一緒に出かけることも、特別な理由を必要としなくなった。
そして何より。
舞夜が俺の隣にいることが、いつの間にか当たり前になりつつある。
「……変わったな」
俺は小さく呟いた。
もちろん、全部が変わったわけじゃない。
まだ言葉にできないこともある。
まだ答えを出せないこともある。
舞夜が最初の日に言った、
『私に恋をしてください』
という言葉だって、まだ完全な答えを出せたわけじゃない。
でも――。
もう、その言葉から逃げようとは思わない。
むしろ、これからの日々の中で自然に答えが見つかる気がしていた。
一緒に過ごして。
話をして。
笑って。
時には困ったり、照れたりして。
そういう時間を積み重ねていけばいい。
俺は写真を机の上に戻した。
その時、またスマホが振動する。
舞夜からのメッセージだった。
『大樹くん』
『ん?』
『この写真を見ていると、少し不思議な気持ちになります』
俺は返信する。
『どういう意味?』
少しして。
『この時は、今年がどんな一年になるのか全然分かりませんでした』
『俺も』
『でも、今は少し楽しみです』
俺は画面を見つめた。
『何が?』
返事はすぐには来なかった。
そして――。
『これから、どんな写真が増えていくのかです』
俺は思わず笑った。
舞夜らしい答えだった。
『じゃあ、たくさん増やさないとな』
『はい』
『写真だけじゃなくて、思い出も』
『もちろんです』
そして、最後にもう一通。
『大樹くんとなら、きっと大丈夫です』
俺はその言葉を何度か読み返した。
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
『ああ』
『一緒にやろう』
そう送って、今度こそスマホを置いた。
窓の外を見る。
冬の朝の空は、まだ薄い灰色だった。
寒さはこれからもしばらく続くだろう。
でも、そんなことは気にならなかった。
新しい一年が始まった。
これから何が起きるのか。
何枚の写真が増えるのか。
どんな場所へ行くのか。
どんな出来事を経験するのか。
まだ何も分からない。
それでいい。
以前の俺なら、先のことが分からないのは少し不安だったかもしれない。
でも今は違う。
全部を最初から知る必要なんてない。
一日ずつ進めばいい。
一枚ずつ写真を増やせばいい。
一つずつ思い出を作ればいい。
そして、その隣に舞夜がいるなら――。
きっと、それだけで十分だ。
俺はもう一度、机の上の写真を見る。
そこには、今年最初の日の俺たちがいる。
笑っている舞夜。
その隣にいる俺。
まだ何も知らなかった二人。
でも、今なら少しだけ分かる。
この写真は終わりではない。
一年の最初に撮った一枚。
これから増えていく、たくさんの写真の始まりだ。
もしかしたら、次に撮る写真はもっと違う場所かもしれない。
学校かもしれない。
街かもしれない。
どこか遠くへ出かけた先かもしれない。
何気ない日常の一瞬かもしれない。
そして一年後――。
俺たちは、この写真を見ながら笑っているかもしれない。
「あの時は、こんな一年になるなんて思わなかったな」と。
その時、俺たちの関係はどうなっているのだろう。
まだ今と同じなのか。
それとも――。
今よりもっと近くなっているのか。
答えは、まだ分からない。
だからこそ、楽しみだった。
未来を急いで知る必要はない。
今日を過ごして。
明日を迎えて。
またその次の日を過ごす。
一日。
一枚の写真。
一つの会話。
小さな約束。
その一つ一つを積み重ねていけばいい。
そうすれば、いつか自然と答えに辿り着ける気がする。
俺は写真を机の上に置き直した。
「……行くか」
そろそろ学校へ向かう時間だ。
俺は立ち上がり、制服を整える。
玄関へ向かう前に、もう一度だけ写真を見る。
「今年もよろしくな」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
写真の中の舞夜に言ったのか。
これから始まる一年に言ったのか。
それとも――。
自分自身に言ったのかもしれない。
いずれにしても。
新しい一年は、まだ始まったばかりだ。
そして俺たちの物語も――。
まだ始まったばかりだった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
今年最初の一枚を見ながら、大樹はこれから増えていく思い出に思いを馳せました。
一枚の写真から始まった新しい一年。
二人はこれから、どんな思い出を残していくのでしょうか。
次回もお楽しみに!




