冬休みの間に変わったこと
午前最後の授業が終わった。
生徒たちは次々と教室を出て、食堂へ向かっていく。
舞夜はゆっくりと自分の荷物をまとめていた。
「大樹くん」
「ん?」
「一緒にお昼を食べませんか?」
「もちろん」
俺たちは教室を出た。
廊下は生徒でいっぱいだったが、しばらく探していると、比較的静かな席を見つけることができた。
俺たちは向かい合って座る。
最初の数分は、いつも通りの話をしていた。
授業のこと。
先生のこと。
冬休みの間に出された宿題のこと。
けれど、結局――。
話題は自然と、冬休みの出来事へ戻っていった。
「こうしてまた学校にいると、不思議な感じがしますね」
舞夜が言った。
「そうだな」
「ほんの数日前まで、神社を歩いていたのに」
「今はまた授業のことを考えてる」
「授業のことなんて考えたくありません」
「俺もだよ」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
舞夜がテーブルにそっと両腕を置く。
「大樹くん」
「何?」
「冬休みの間に、いろいろ変わったと思いませんか?」
俺は数秒考えた。
「……ああ」
「クリスマスの前までは……」
舞夜が少し言葉を止める。
「私たちって、まだ自分たちがどういう関係なのか、一生懸命考えていた気がします」
「そうだな」
「でも、そのあと……」
舞夜が指を一本ずつ折りながら数えていく。
「クリスマスを一緒に過ごしました」
「うん」
「プレゼントを交換しました」
「ああ」
「大樹くんの家族に会いました」
「俺も舞夜の家族に会った」
「それから、一緒に初詣に行きました」
「写真も撮ったな」
俺が付け加える。
「はい」
舞夜が笑う。
「それに……」
そこで、舞夜が黙った。
「それに?」
「……何でもありません」
「キス?」
舞夜の顔が一瞬で赤くなる。
「大樹くん!」
「でも、あっただろ」
「……ありましたけど、わざわざ言わなくてもいいじゃないですか!」
舞夜が恥ずかしそうに俯く。
「それから、大樹くんが返してくれました」
「これで、おあいこだな」
「はい」
舞夜は自分の頬にそっと触れた。
「……今でも思い出すと恥ずかしいです」
「俺も」
「本当ですか?」
「ああ。かなり」
舞夜が少し笑った。
「じゃあ、お揃いですね」
「ああ」
しばらく、二人の間に静かな時間が流れた。
やがて舞夜が、少し落ち着いた声で話し始める。
「冬休みの前は……」
「うん」
「私たちの間には、いつも少しだけ距離があったと思うんです」
「距離?」
「はい」
舞夜は俺を見る。
「一緒にいる時間はたくさんあったのに、どこかに……二人とも踏み込めない場所があったというか」
俺は舞夜を見つめる。
「……今も少しはあると思う」
「はい」
舞夜は頷いた。
「でも、今は違います」
「どうして?」
舞夜は数秒考える。
「……大樹くんに近づくことが、前ほど怖くなくなったからです」
その言葉に、俺は少し驚いた。
「怖かったのか?」
「少しだけ」
「どうして?」
「大樹くんがどう思っているのか、分からなかったから」
舞夜は視線を落とした。
「今までの関係を壊したくなかったんです」
俺は黙っていた。
舞夜が小さく息を吐く。
「でも、今は……」
「今は?」
「大樹くんがどう思っているのか、少し分かるようになりました」
舞夜が顔を上げる。
「……そう思っていいんですよね?」
俺は微笑んだ。
「ああ」
舞夜の表情が少しだけ柔らかくなる。
「それなら、安心します」
「俺も似たようなものだよ」
「大樹くんも?」
「ああ」
俺は少し考えてから続ける。
「前は、何かをしたら俺たちの関係が変わってしまうんじゃないかって、怖かった」
「……はい」
「でも今は――」
俺は舞夜を見る。
「いつまでも怖がっていたくないと思ってる」
舞夜は何も言わなかった。
ただ、その瞳が少しだけ柔らかくなった。
「じゃあ……」
舞夜が小さく呟く。
「私たち、本当に変わったんですね」
「ああ」
「いつから変わったんでしょう?」
「俺にも分からない」
「私もです」
「少しずつだったのかもな」
「きっと、そうですね」
舞夜が自分の手首を見る。
そこには、クリスマスに俺が贈ったブレスレットがある。
そして俺の手元には、舞夜からもらったお守り。
舞夜がそれらを交互に見つめる。
「冬休みが、私たちを少し変えてくれたのかもしれませんね」
「何が変わったんだ?」
「自分たちが何を望んでいるのか、分かるようになったことです」
「……何を望んでる?」
その質問は、考えるより先に口から出ていた。
舞夜がゆっくりと顔を上げる。
数秒間、答えなかった。
そして――。
「……これからも、大樹くんと一緒にいたいです」
それだけだった。
とても簡単な言葉。
でも、その言葉が胸の奥に温かく響いた。
「俺も」
舞夜が微笑む。
「じゃあ……これでいいんですね」
「何が?」
「まだ、私たちの関係に名前がなくても」
「……気にならないのか?」
「はい」
舞夜は迷いなく答えた。
「だって、どこへ向かいたいのかは分かっているから」
俺は舞夜を見る。
「どこへ向かいたい?」
舞夜は少し恥ずかしそうに笑った。
「……前へ」
その言葉を聞いた瞬間――。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「もう終わりか」
「早いですね」
俺たちは席を立った。
そして、教室へ戻るために廊下を歩く。
その途中、俺たちの手が偶然触れ合った。
いつもなら、どちらかがすぐに離していたかもしれない。
でも――。
今回は、どちらも手を引かなかった。
数秒間。
触れ合った手は、そのままだった。
何も言わない。
それでも、何となく分かる。
もしかしたら――。
これこそが、本当の変化なのかもしれない。
まだ、俺たちの関係に名前はない。
正式に気持ちを伝え合ったわけでもない。
それでも、もう以前とまったく同じふりをする必要はなくなっていた。
冬休みは終わった。
そして、それと一緒に――。
俺たちの間にあった、ほんの少しの距離も消え始めていた。
今、俺たちの前には新しい何かが始まっている。
まだ、それを何と呼べばいいのかは分からない。
それでも――。
俺たちは二人で、それを少しずつ作っていきたいと思っていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
冬休みを終えて、大樹と舞夜は自分たちの関係が少しずつ変わったことに気づきました。
まだ名前のない二人の関係は、これからどこへ向かうのでしょうか。
次回もお楽しみに!




