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新しい一年の始まり

太陽がゆっくりと西へ傾き始めていた。


俺たちは一日の大半を境内で過ごした。


参道の屋台で食べ歩きをしたり、小さな思い出の品を買ったり、写真を撮ったり。


楽しい時間というものは、どれだけ長く続いてほしいと思っても、いつかは終わりを迎える。


「そろそろ暗くなってきましたね」


舞夜が空を見上げながら言った。


「ああ」


「そろそろ帰りましょうか」


俺は頷いた。


俺たちは駅へ向かうため、境内の出口へと歩き始めた。


朝に比べれば、参拝客の数もかなり減っている。


午前中は人でいっぱいだった道も、今ではずいぶん静かになっていた。


舞夜は俺の隣を歩いている。


さっき買った小さな猫の木製飾りは、彼女のバッグの中に大切にしまわれていた。


「今日は楽しかった?」


俺が尋ねる。


「はい。すごく楽しかったです」


「草履で転びそうになった時も?」


舞夜が細めた目で俺を見る。


「……そんなこと、ありませんでした」


「俺が転ぶ前に支えたからな」


「じゃあ、正確には転んでません」


「それはそうだな」


「だから、そのことを私への攻撃材料にするのは禁止です」


舞夜が笑う。


「分かった」


「それに、私が無事だったことを証明する写真もありますから」


「そんな写真、撮ってないだろ」


「じゃあ、撮らないといけませんね」


「いや、それはやめよう」


「どうしてですか?」


「恥ずかしいから」


舞夜が声を上げて笑った。


その笑い声を聞きながら、俺も自然と笑っていた。


やがて駅に到着し、俺たちは入口の前で足を止めた。


今回は、どちらも急いでいなかった。


不思議な感覚だった。


ついさっき、この場所に来たばかりのような気がする。


それなのに、一日が丸ごと過ぎていた。


「大樹くん」


「ん?」


「ありがとうございます」


「何が?」


「私と一緒に来てくれて」


舞夜は少しだけ微笑む。


「今年の始まりを、一緒に過ごしてくれて」


俺も笑った。


「俺のほうこそ、ありがとう」


「どうしてですか?」


「誘ってくれたのは舞夜だから」


舞夜が少しだけ視線を落とす。


「……そうしたかったんです」


「分かってる」


「今年最初の思い出を、大樹くんと作りたかったから」


「きっと、忘れないと思う」


舞夜が手首を少し持ち上げた。


髪を整えるために手を動かすと、簪が小さく揺れる。


「ねえ、大樹くん」


「何?」


「今年は、きっと今までと違う一年になりますね」


「どうして?」


「今なら、二人で予定を立ててもいい気がするんです」


「例えば?」


舞夜は指を一本ずつ折りながら数え始めた。


「旅行」


「いいな」


「もっと写真を撮ること」


「それは確定だな」


「お祭り」


「それもいい」


「それから……もっとデート」


俺は舞夜を見る。


舞夜の顔が一気に赤くなった。


「ち、違います……!」


「何が?」


「今のは……」


舞夜は慌てて言い直す。


「もっと、一緒に出かけることです」


「なるほど」


「笑わないでください」


「笑ってない」


「笑ってます」


俺は少しだけ口元を緩めた。


「……ちょっとだけ」


舞夜が頬を膨らませる。


「もう……」


けれど、その表情もすぐに笑顔へ変わった。


「でも、これでやりたいことがたくさんできましたね」


「ああ」


「しかも、まだ一年が始まったばかりです」


「そうだな」


二人の間に、小さな沈黙が落ちた。


そして舞夜が、少しだけ声を落として言った。


「……その一年を、ずっと大樹くんと一緒に過ごしたいです」


俺は舞夜を見る。


「俺も」


舞夜の瞳と俺の視線が重なる。


しばらく、どちらも何も言わなかった。


でも、不思議とそれで十分だった。


やがて舞夜が微笑む。


「じゃあ……」


少しだけ息を吸って。


「明けましておめでとうございます、大樹くん」


「明けましておめでとう、舞夜」


舞夜が手を差し出した。


俺はその手を取る。


指と指が自然に絡み合った。


そのまま、数秒。


俺たちは何も言わずに手を繋いでいた。


その時、駅のホームから電車の到着を知らせるアナウンスが聞こえてきた。


「……私の電車です」


「そっか」


「じゃあ……また」


「ああ。またな」


舞夜は数歩歩いてから、ふと振り返った。


「大樹くん!」


「ん?」


「約束、忘れないでくださいね!」


「どの約束?」


「もう……!」


舞夜が少し頬を膨らませる。


「一緒に思い出を作ることです!」


俺は笑った。


「忘れるわけないだろ」


舞夜も笑う。


「……よかった」


彼女は手を振りながら、駅の人混みの中へ消えていった。


俺はその場に数秒立ち尽くした。


そして、今朝撮った写真をスマホで開く。


そこには、淡い紫色の振袖を着た舞夜が写っていた。


髪には簪が飾られている。


その隣には、俺がいる。


写真の下には、舞夜が小さな文字で残したメモがあった。


『今年最初の日』


俺はその写真を大切に保存した。


新しい一年は、始まったばかりだ。


それなのに、もう忘れられない一日になっている気がした。


これから何が待っているのかは分からない。


どれだけのことが変わっていくのかも分からない。


でも、一つだけ分かっていることがある。


それを――舞夜と一緒に見つけていきたい。


そう思った。



家に帰ると、家族がリビングに集まっていた。


俺を見るなり、妙子が真っ先に声を上げる。


「お兄ちゃん、やっと帰ってきた!」


「ああ、ただいま」


「どうだった?」


「すごく良かった」


母さんも顔を上げる。


「舞夜ちゃん、綺麗だった?」


俺は少し黙った。


そして――


「……うん」


正直に答えた。


妙子がすぐに笑う。


「何を着てたの?」


「振袖」


「それで?」


「淡い紫色」


「それで?」


「髪をまとめて、簪をつけてた」


「それで?」


「妙子、なんでそんなに聞くんだよ」


「だって、気になるじゃん」


母さんが楽しそうに笑った。


「ふふっ。ずいぶん楽しい一年の初日だったみたいね」


俺は自分の手首を見る。


そして、今日撮った写真を思い出した。


「……うん」


俺は笑った。


「すごくいい一日だった」


家族の隣に座りながら、俺は改めて思った。


今日の初詣は、ただの新年の恒例行事ではなかった。


それは、俺たちが一緒に始めた――新しい一年の最初の一ページだった。


舞夜と二人で、これからの一年を始める。


そう決めたことが、なぜか嬉しかった。


そして俺は、まだ始まったばかりのこの一年の続きを――


早く見てみたいと思っていた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます!


新しい一年が始まり、舞夜と大樹は新たな約束を交わしました。


これから二人の一年に、どんな思い出が増えていくのでしょうか。


次回もお楽しみに!

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