新年最初の一枚
小さな橋を離れたあと、俺たちは再び境内を歩き始めた。
舞夜は、ずいぶん機嫌がよさそうだった。
大吉だったからかもしれない。
お正月の雰囲気が楽しいからかもしれない。
それとも――単純に、俺と一緒にいるからだろうか。
「大樹くん」
「ん?」
「写真、撮りたいです」
「やっぱりな」
「『やっぱり』って、どういう意味ですか?」
「さっきから何分もスマホを見てただろ」
「だって、今日は思い出を残さないといけませんから」
「クリスマスの時も同じこと言ってたな」
「そして、正しかったですよね?」
「……まあ、そうだな」
舞夜がスマホを持ち上げる。
「それに、今回は特別です」
「どうして?」
「今年最初の写真になるからです」
俺は少し考えた。
「じゃあ、撮ろうか」
舞夜が嬉しそうに笑った。
俺たちは境内の庭園の近くにある、比較的人の少ない場所を探した。
そこには雪をかぶった小さな木があり、その向こうには寺社の伝統的な建物が見えている。
舞夜はスマホを簡易的な台の上に置いた。
「ちゃんと撮れますか?」
「ああ。大丈夫」
「じゃあ、こっちに来てください」
俺は舞夜の隣に立つ。
舞夜は自分の髪を整えた。
「……ちょっと待ってください」
「どうした?」
「髪が……」
冬の風で、一房の髪が顔にかかっていた。
俺はそれをそっと耳の後ろへ戻す。
舞夜の動きが止まった。
「……これで大丈夫」
「……ありがとうございます」
舞夜の頬が、ほんの少し赤くなる。
「大丈夫か?」
「はい」
少し間を置いて、舞夜が小さく笑った。
「ただ……そうしてくれるとは思っていなかったので」
「ごめん」
「謝らなくていいですよ」
舞夜は照れたように笑う。
「……嬉しかったです」
その時、スマホのタイマーが動き始めた。
「三……」
「二……」
「一……」
シャッターが切られる。
舞夜はすぐにスマホのところへ駆け寄った。
「……撮れました!」
俺も画面を覗き込む。
そこには、寺社を背景に並んで立つ俺たちが写っていた。
舞夜は淡い紫を基調とした振袖姿。
髪には簪が飾られている。
その隣に俺が立っていて、二人とも笑っていた。
「うん」
俺も頷く。
「いい写真だな」
「保存してもいいですか?」
「もちろん」
「じゃあ、これが今年最初の写真です」
「舞夜だけの?」
「違います」
舞夜が笑う。
「私たちの、です」
そして、スマホを大切そうにしまった。
俺たちは再び歩き始める。
すると、近くの出店に小さな伝統工芸品が並んでいるのが見えた。
舞夜が足を止める。
「大樹くん、見てください」
「何か見つけた?」
「これです」
舞夜が指差したのは、猫の形をした小さな木製の置物だった。
「……なんか見覚えがあるな」
「十二月に私がプレゼントしたものに似ていますよね」
「やっぱり気づいたか」
「もちろんです」
舞夜はその置物を手に取る。
「でも、これには少し違うところがあります」
底の部分には、小さな星の彫刻が入っていた。
「綺麗だな」
「はい」
「舞夜、これ好き?」
舞夜はしばらく置物を眺めている。
「……すごく好きです」
俺は何も言わず、それを買った。
「大樹くん?」
「はい」
俺は小さな木製の猫を舞夜に渡した。
「これ、舞夜に」
舞夜が目を丸くする。
「……私に?」
「ああ」
「でも……」
「今年最初のお正月の思い出になるものがあったらいいかなって」
舞夜は小さな猫を両手で包み込む。
その表情が、ゆっくりと柔らかくなっていく。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
「大切にします」
「そうしてくれたら嬉しい」
舞夜が顔を上げる。
「じゃあ、私からも何か渡さないといけませんね」
「別に、そんな必要は――」
「あります」
舞夜は小さなバッグから何かを取り出した。
それは、小さなお守りだった。
「これ、大樹くんに」
「また?」
「これはさっきのお守りとは違います」
俺は受け取った。
「何のお守り?」
「教えません」
「どうして?」
「あとで意味を知ってほしいからです」
「……なんか怪しいな」
「そうかもしれません」
舞夜は楽しそうに笑う。
俺はそのお守りを大切にしまった。
「じゃあ、ちゃんと持っておく」
「はい。大切にしてくださいね」
俺たちは再び歩き始める。
しばらくすると、舞夜がさっき撮った写真をもう一度スマホで確認していた。
「大樹くん」
「ん?」
「この写真……きっと大切な一枚になりますね」
「どうして?」
舞夜は画面を見つめる。
「今年が終わった時に……」
少しだけ笑って。
「この写真を見て、どうやって一年が始まったのか思い出したいんです」
俺は舞夜を見る。
「じゃあ、これからもっとたくさん撮らないとな」
「はい」
「来年のお正月に、今年の写真と比べられるくらい」
舞夜が嬉しそうに笑う。
「それ、いいですね」
そしてスマホをしまう。
「じゃあ、決まりです」
「何が?」
「今年も、私たちの思い出の一年にします」
「……私たちの一年?」
「はい」
「なんだか、ずいぶん大げさだな」
「大げさじゃありません」
舞夜が俺を見る。
その顔には、楽しそうな笑顔が浮かんでいた。
「覚悟してくださいね」
「何の?」
「今年は、もっとたくさん私と一緒に過ごしてもらいます」
俺は思わず笑った。
「……まあ、それくらいなら大丈夫だと思う」
「ずいぶん余裕ですね」
「褒めてるんだけど」
「じゃあ、褒め言葉として受け取っておきます」
俺たちは笑いながら歩き続けた。
遠くから、寺の鐘の音が聞こえてくる。
新しい一年の最初の日は、まだ終わっていない。
けれど、俺たちの手元にはもう一枚の写真がある。
一つの思い出がある。
そして、新しい約束も。
もしかしたら――。
新しい一年を始めるには、それだけで十分なのかもしれなかった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
新年最初の写真を撮った二人。
舞夜にとって、この一枚は今年の始まりを残す大切な思い出になりました。
今年も二人の思い出は、まだまだ増えていきます。
次回もお楽しみに!




