一月一日の朝
新しい年の最初の日がやってきた。
一月の冷たい空気が街を包み、空は雲一つないほど晴れていた。
クリスマスから一週間。
舞夜が俺の家族に会ってから、一週間。
そして、俺が舞夜の家族に会ってから数日。
けれど、あの日の駅で別れてからずっと、楽しみにしていたことが一つあった。
舞夜と迎える、初めての新年。
俺はいつもより早く目を覚ました。
時計を見る。
待ち合わせまで、まだ何時間もある。
「……なんでこんなに早く起きてるんだ?」
自分でも不思議だった。
俺は起き上がり、出かける準備を始めた。
朝食を食べていると、母さんが笑いながら俺を見る。
「今日は出かけるの?」
「うん」
「舞夜ちゃんと?」
「うん」
「初詣?」
「うん」
母さんが微笑む。
「それなら、いい一年の始まりになりそうね」
「そうだといいな」
そこへ、別の部屋から妙子が顔を出した。
「もう、大樹が緊張し始める時間?」
「緊張してない」
「はいはい」
「本当にしてないって」
「じゃあ、どうして朝ご飯の間に五回も時計を見たの?」
俺は黙った。
「……それについては、何も言えない」
母さんと妙子が声を出して笑った。
一方、その頃。
八神家では――。
舞夜が自分の部屋の鏡の前に立っていた。
ベッドの上には、この日のために用意した服が置かれている。
今日は普通の服ではなく、特別なものを着たかった。
何しろ――。
今日は一年の最初の日。
そして、大樹と一緒に初めて初詣へ行く日なのだから。
舞夜は深く息を吸った。
「……よし」
「行こう」
まず身につけたのは、上品で伝統的な振袖だった。
柔らかな薄紫を基調とし、裾に向かうにつれて淡い桃色がほんのりと混ざっている。
生地には白や桃色、紫色の繊細な花模様が描かれ、その間には小さな緑色の葉が添えられていた。
長く広がる袖が、振袖らしい優雅さを作っている。
帯は深い紫色。
そこには金色の細かな意匠が施され、振袖の淡い色合いを引き締めていた。
帯の中央には小さな金色の飾りがあり、華やかではあるものの、決して派手すぎない上品な雰囲気を作っている。
肩には、冬の寒さから身を守るためのクリーム色の小さな羽織。
手には淡い色の手袋。
足元には、紫色の模様が入った白い草履。
そして――。
髪。
普段の舞夜は、深い紫色を帯びた長い髪を下ろし、そのまま背中へ流している。
けれど今日は、少しだけ違う髪型にした。
髪の一部を後ろへまとめ、前の長い髪は残して顔の輪郭を柔らかく縁取る。
両側の髪も頬の近くに自然に流した。
後ろは低い位置で小さくまとめ、そこから長い髪を少しだけ背中へ垂らしている。
髪を留めるために使ったのは、深い紫色の簪。
小さな白い花と金色の飾りが施されている。
さらに、もう一つ小さな飾りを、まとめた髪の少し横に添えた。
完全に雰囲気を変えたわけではない。
舞夜は、舞夜のままだ。
けれど――。
いつもより少しだけ大人びている。
少しだけ上品で。
それなのに――。
どこか、とても可愛らしい。
舞夜は鏡の前で自分の姿を見る。
少し身体を回し、後ろから見た振袖の姿も確認する。
そして、もう一度自分の顔を見る。
「……ちょっと、やりすぎかな?」
その時。
背後から声が聞こえた。
「そんなことないわよ」
「――お母さん!」
舞夜が驚いて振り返る。
千代子が笑っている。
「とても綺麗よ」
「……本当?」
「ええ」
千代子は、舞夜の顔の横に残っていた髪の一房を、そっと整える。
「髪型もよく似合ってるわ」
舞夜はもう一度鏡を見る。
「……大樹くん、気に入ってくれるかな?」
千代子が微笑む。
「きっと、何て言えばいいのか分からなくなるんじゃない?」
舞夜の頬が赤くなる。
「……もう。大げさです」
「どうかしらね」
「お母さん……」
舞夜は小さく息を吐き、伝統的な小さなバッグを手に取った。
部屋を出る前に、もう一度鏡を見る。
振袖。
帯。
髪型。
簪。
準備はすべて整っている。
そして――。
あることを思い出した。
大樹にした、あのキス。
そして、大樹から返されたキス。
舞夜の顔が再び赤くなる。
「……だめ」
「今日は緊張しないって決めたんだから」
ドアのところに立っていた千代子が、娘を見る。
「独り言?」
「ち、違います!」
「そう?」
「……もう」
舞夜はため息をついた。
「行きましょう」
そう言って、部屋を出た。
◇
それから数時間後。
俺は、約束した待ち合わせ場所に到着していた。
寒さはかなり厳しい。
神社へ向かう人も多かった。
家族連れ。
カップル。
友達同士。
みんな、新しい一年を特別な形で始めようとしている。
俺は時計を見る。
あと数分。
「……遅れてないといいけど」
その時。
背後から声が聞こえた。
「大樹くん」
振り返る。
そして――。
俺は完全に動きを止めた。
舞夜が、そこにいた。
一瞬。
何を言えばいいのか分からなかった。
深い紫色の髪は上品にまとめられ、顔の周りには柔らかな髪が残っている。
髪に飾られた簪が、冬の日差しを受けている。
淡い紫色の振袖が、舞夜の紫色の瞳をいつも以上に鮮やかに見せていた。
長い袖が、冷たい風に合わせてわずかに揺れる。
舞夜は小さなバッグを両手で持っている。
俺が黙ったままなのに気づき、舞夜の頬が少しずつ赤くなっていく。
「……大樹くん?」
「……うん」
俺は一度、息を飲んだ。
「ここにいるよ」
「それは、見れば分かります」
舞夜が少しだけ笑う。
「ごめん」
俺はもう一度、舞夜を見る。
「その……」
「すごく綺麗だ」
舞夜が完全に固まった。
それから、ゆっくりと視線を落とす。
「……ありがとうございます」
頬は真っ赤だった。
「大樹くんも……似合ってますよ」
「ありがとう」
数秒間。
俺たちは、何を言えばいいのか分からなかった。
やがて、舞夜が小さく笑う。
「……行きませんか?」
俺はうなずいた。
「ああ」
俺たちは並んで、神社へ向かって歩き始めた。
新しい一年の最初の日は、始まったばかりだった。
そして俺には――。
この一日を、きっと忘れることはない。
そんな予感がしていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
新しい一年が始まり、舞夜は振袖姿で大樹との初詣へ。
二人にとって、忘れられない一年の始まりになりそうです。
次回もお楽しみに!




