久那の尋問
しばらくすると、千代子さんが立ち上がった。
「お茶、もう少し用意してくるわね。舞夜、手伝ってくれる?」
「はい」
舞夜はすぐに立ち上がった。
そして、部屋を出る前に俺を見る。
その表情には、はっきりと書いてあった。
――「一人にしないでください」
俺は小さく笑った。
「大丈夫だから」
舞夜は少しだけ困ったような顔をして、それから母親の後を追ってキッチンへ向かった。
扉が閉まる。
そして――。
静寂。
俺と久那さんは、向かい合ったまま座っていた。
久那さんがゆっくりと湯呑みを手に取る。
俺も同じように湯呑みを持った。
「南」
「はい」
「少し聞きたいことがある」
「分かりました」
俺は湯呑みをテーブルに置いた。
久那さんが、まっすぐ俺を見る。
「君は、舞夜とどういう関係なんだ?」
来ると思っていた質問だった。
それでも、実際に聞かれると少し緊張する。
「……すごく近い関係だと思っています」
「それは分かっている」
「一緒にいる時間も多いです」
「それも分かっている」
久那さんが少し間を置く。
「私が知りたいのは――」
その視線が、少しだけ鋭くなる。
「舞夜が、君にとってどういう存在なのかだ」
俺はすぐには答えなかった。
頭に浮かんだのは、京都で見た景色。
一緒に撮った写真。
クリスマスの夜。
手首につけているブレスレット。
そして――。
駅で舞夜がくれた、あの小さなキス。
俺はゆっくり口を開いた。
「舞夜は……俺にとって、とても大切な人です」
久那さんは黙っている。
「俺は、俺たちの関係を急いで変えたいとは思っていません」
言葉を選びながら続ける。
「でも、ただのクラスメイトだと誤魔化すつもりもありません」
久那さんが湯呑みをテーブルに置いた。
「そうか」
「これからも、舞夜のそばにいたいと思っています」
「何かあっても?」
「はい」
「二人の間に問題が起きても?」
「それでもです」
久那さんは数秒間、俺を見つめた。
そして、次の質問をする。
「舞夜を幸せにできるか?」
その質問は、予想していなかった。
「……俺が舞夜を幸せにできるかは、分かりません」
俺は正直に答えた。
「でも……」
少しだけ考える。
「舞夜が俺と一緒にいる時、笑ってくれているのは分かります」
「それに――」
俺は手首を見る。
「俺も、舞夜と一緒にいることで幸せです」
久那さんの口元に、ほんの少しだけ笑みが浮かんだ。
あまりにも一瞬だったので、見間違いかと思った。
「……それなら十分だ」
「え?」
「無理な約束をしてもらうつもりはない」
久那さんは静かに言った。
「ただ、本当に舞夜のことを大切に思っているのか。それを知りたかった」
「……大切に思っています」
「だろうな」
「どうして分かるんですか?」
久那さんが俺の手首を指す。
「それだ」
俺はブレスレットを見る。
「家の中でもつけているだろう?」
「……はい」
「舞夜も同じだった」
「これを受け取ってから、ずっとつけている」
俺は何も言えなかった。
久那さんがソファに背を預ける。
「舞夜は、誰にでも簡単に心を開くような子じゃない」
「でも、君とは違うらしい」
「……知りませんでした」
「今、知っただろう」
少しだけ沈黙が流れた。
やがて久那さんが続ける。
「私は、君に舞夜へ近づくなとは言わない」
俺は少し目を見開いた。
「ただ――」
久那さんは俺を見る。
「嘘はつかないでほしい」
「はい」
「そして、舞夜を大切にしてほしい」
「もちろんです」
久那さんは小さくうなずいた。
「なら、何も問題はない」
その時。
廊下から足音が聞こえてきた。
舞夜がリビングへ戻ってくる。
「……何のお話をしていたんですか?」
舞夜は父親を見る。
それから俺を見る。
「何でもない」
久那さんが答えた。
「……何でもない?」
舞夜が目を細める。
「男同士の話だ」
「それ、すごく怪しいです」
俺は思わず笑った。
「お父さんから、少し質問されただけだよ」
「どんな質問ですか?」
久那さんが立ち上がる。
「大したことじゃない」
「お父さん……」
「南に聞けばいい」
舞夜が俺を見る。
「……どうでした?」
「大丈夫」
俺は笑って答えた。
「何も問題ないよ」
舞夜は数秒間、俺を見つめていた。
そして、ほっとしたように息を吐く。
「……よかった」
久那さんが俺たちの横を通り過ぎる。
そして、リビングを出る直前に足を止めた。
「南」
「はい?」
「またいつでも来なさい」
舞夜が目を見開く。
「……本当に?」
久那さんは小さくうなずいた。
「ああ」
そして、そのまま歩いていった。
舞夜は父親の背中を見つめたまま、しばらく動かなかった。
「……それ、かなり珍しいことです」
「そうなの?」
「はい」
舞夜が俺を見る。
「父が、そんなことを言うのは簡単じゃないです」
「じゃあ……」
俺は少し笑った。
「試験には合格したってことかな」
舞夜が小さく笑う。
「……たぶん、そうです」
そして、俺の隣に座り直す。
「ありがとうございます」
「何が?」
「父が聞いたことに、ちゃんと向き合ってくれて」
俺は舞夜を見る。
「大切なことだったから」
舞夜は少しだけ笑った。
「……はい」
そして、静かに続ける。
「大樹くんが来てくれて、嬉しいです」
俺も舞夜を見る。
視線が重なる。
今度は、二人とも緊張していなかった。
ただ、穏やかな気持ちだけがそこにあった。
その時、俺は初めて気づいた。
今まで閉じていた一つの扉を――。
自分は、少しだけ開けることができたのだと。
もう、放課後に舞夜と一緒に帰るだけの男ではない。
舞夜の家族にも、自分の存在を知ってもらえた。
そして――。
これから先、まだたくさんのことが待っている。
でも、この小さな一歩は。
思っていた以上に、大きな意味を持っていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
久那との会話を終え、大樹は八神家に受け入れられました。
二人の関係は、少しずつ新しい段階へ進んでいます。
次回もお楽しみに!




