舞夜の来訪
「どうぞ」
俺はそう言って、玄関の横へ退いた。
舞夜がゆっくりと家の中へ入る。
「お邪魔します」
いつもよりずっとかしこまった声だった。
俺はドアを閉める。
「そんなに緊張しなくていいよ」
「緊張してません」
「そうは見えないけど」
「……頑張って普通にしています」
思わず笑ってしまった。
「ほら、行こう。リビングにいるから」
俺たちは廊下を歩いていく。
舞夜は周囲を控えめに見回していた。
「どうした?」
「何でもありません」
「ただ見ていただけです」
「こういう家を見るの、初めて?」
「はい」
舞夜は少し考えるようにしてから続けた。
「話で聞いて想像するのと、実際に見るのでは違いますね」
「どんなところが?」
「うまく言えませんけど……」
舞夜が小さく笑う。
「大樹くんに似ています」
「俺の家が?」
「はい」
「どういう意味だよ。それ」
「いつか説明します」
舞夜はそう言って、また笑った。
やがて、リビングへ到着する。
母さんと妙子が待っていた。
「母さん」
母さんがすぐに立ち上がる。
「あなたが舞夜ちゃんね」
舞夜は小さく頭を下げた。
「初めまして。八神舞夜です」
「今日は来てくれてありがとう」
「こちらこそ、お邪魔させていただいてありがとうございます」
「そんなにかしこまらなくていいのよ」
母さんは笑った。
「霞って呼んでちょうだい」
「分かりました」
母さんは隣にいる妙子を見る。
「それから、この子が娘の妙子」
「初めまして」
「初めまして」
妙子が笑う。
「舞夜ちゃんのこと、いろいろ聞いてるよ」
舞夜が素早く俺を見る。
「……大樹くん、私のこと話したんですか?」
「少しだけね」
「母さん」
「何?」
「事実を言っただけでしょう?」
舞夜の顔が少しずつ赤くなる。
「どんなことを話したんですか?」
「別に、変なことは言ってないよ」
妙子が口を挟む。
「今のところはね」
「妙子!」
俺が声を上げると、みんなが笑った。
さっきまでの緊張した空気が、少しだけ和らいだ。
「さあ、座って」
母さんが言う。
「食べるものを用意してあるから」
「そんな、お気遣いなく……」
「気にしなくていいのよ」
母さんは笑う。
「初めて来てくれたんだから」
「ありがとうございます」
舞夜が席に座る。
俺もその隣に腰を下ろした。
数秒間、妙な沈黙が流れる。
母さんが舞夜を見る。
妙子も舞夜を見る。
舞夜はすぐに気づいた。
「……何か?」
「ううん」
母さんが答える。
「ただ、舞夜ちゃんと話してみたかったの」
「そうなんですか」
「大樹から、よく話を聞いてるから」
「本当ですか?」
舞夜がまた俺を見る。
「どんなことを話したんですか?」
「えっと……」
母さんが指を折りながら答える。
「まず、成績がすごくいいこと」
「……あ」
「それから、優しいこと」
「それは……」
「それに、大樹が困っている時には、いつも助けてくれること」
舞夜は少し恥ずかしそうに視線を落とした。
「そんな、大したことじゃ……」
「それから、写真が好きなことも聞いたわ」
「それは本当です」
妙子が笑う。
「じゃあ、大樹の写真は何枚くらい持ってるの?」
舞夜の動きが止まった。
「……写真?」
「うん」
「大樹くんの写真」
「……まあ」
舞夜は少し考える。
「何枚か……」
妙子が楽しそうに尋ねる。
「『何枚か』って、何枚?」
「そんなに多くは……」
母さんが口元に手を当てて、笑いをこらえている。
俺はため息をついた。
「二人とも、やめてくれよ」
「何もしてないでしょう?」
母さんが笑う。
舞夜もとうとう笑い始めた。
「……分かりました」
少しだけ考えてから、舞夜が答える。
「たぶん、結構あります」
「やっぱり」
妙子が満足そうにうなずいた。
そこから、会話はずっと自然になっていった。
学校のこと。
クリスマスのこと。
冬休みの予定。
そして、京都への修学旅行。
舞夜は楽しそうに、いくつかの出来事を話していた。
母さんは興味深そうに耳を傾けている。
しばらくして、妙子が尋ねた。
「それで、二人はどうやってそんなに仲良くなったの?」
舞夜は少し考え込んだ。
「……いつ、というのは分からないですね」
「最初は、ただのクラスメイトでした」
舞夜はゆっくりと言葉を続ける。
「それから、少しずつ話すようになって……」
そして、ちらりと俺を見る。
「気づいたら、一緒にいることに慣れていたんだと思います」
母さんが優しく笑った。
「なんだか、素敵ね」
舞夜は小さくうなずく。
「……はい」
「私も、そう思います」
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
母さんが立ち上がる。
「お茶を入れてくるわね」
「私も手伝います」
舞夜がすぐに立ち上がる。
「いいのよ。座ってて」
「いえ、手伝わせてください」
母さんは少し驚いたあと、笑った。
「じゃあ、一緒に行きましょうか」
「はい」
舞夜が立ち上がる。
部屋を出る直前、舞夜が俺を見る。
その表情には、はっきりと書いてあった。
――どうして大樹くんの家族は、こんなに質問するんですか?
俺は笑いそうになるのを必死にこらえた。
二人が廊下の向こうへ消えていく。
すると、妙子が俺の隣へ少し近づいた。
「……すごく感じのいい子だね」
「うん」
「それに」
妙子が意味ありげに笑う。
「本当に大樹のことが大切なんだね」
「え?」
「何でもない」
妙子は楽しそうに笑った。
その頃、キッチンでは――。
舞夜が母さんと一緒にお茶の準備をしていた。
そして、その二人の会話が始まったことで。
今日の訪問は、ここからさらに大きく変わっていくことになる。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
舞夜、ついに大樹の家族と初対面。
そして、キッチンでは舞夜と霞の二人きりに。
次回もお楽しみに!




