十二月のイルミネーション
土曜日は、思っていたよりも早くやってきた。
駅はいつもより人が多かった。
街には、プレゼントの袋や包装された箱を抱えた家族連れがたくさん歩いている。
俺はスマートフォンで時間を確認した。
待ち合わせまで、まだ数分ある。
「……ちょっと早く来すぎたな」
「いいえ」
顔を上げる。
そこには、舞夜が立っていた。
「ちょうどいい時間ですよ」
一瞬、言葉が出なかった。
舞夜は暗めの色のコートに、暖かそうなマフラーを巻いていた。
髪もいつもより少しだけまとめている。
「どうしたんですか?」
「いや……何でもない」
「なんだか変ですよ?」
「そんなことないだろ」
「ありますよ」
舞夜は笑った。
「ずっと待っていたんですか?」
「ほんの数分だけ」
「それならよかったです」
「何が?」
「遅れてしまったと思って、申し訳なくならずに済みますから」
俺たちは並んで歩き始めた。
大通りへ向かうと、街の景色はすっかり変わっていた。
街路樹には何千もの小さな光が飾られている。
店のショーウィンドウには、大きなクリスマスの飾り。
店内から流れてくる音楽が、人々の足音と混ざり合っていた。
「綺麗ですね」
舞夜が言った。
「そうだな」
「本当にそう思ってます?」
「思ってるよ」
「『ただのイルミネーションだろ』とか言うと思ってました」
「……それを言おうか、少し迷った」
舞夜は声を出して笑った。
俺たちはゆっくりと歩いていく。
数メートル進むたびに、舞夜は足を止めた。
雪だるま。
ショーウィンドウ。
飾り付けられたツリー。
どれも楽しそうに眺めている。
「大樹くん」
「ん?」
「こっちです」
舞夜が指差した先には、大きな広場があった。
その中央には、巨大なクリスマスツリーが立っている。
無数のイルミネーションが輝き、通りの反対側からでもはっきり見えるほどだった。
「……なるほど」
「分かりました?」
「うん」
「どうですか?」
「舞夜が来たがった理由が分かった」
「でしょう?」
俺たちはゆっくりとツリーへ近づいていく。
周囲には、写真を撮っている人たちがたくさんいた。
舞夜はすぐにスマートフォンを取り出した。
「やっぱりな」
「当然です」
「写真を撮ると思った」
「だって、大切な時間ですから」
「大切な時間?」
「はい。初めてのクリスマスのお出かけです」
「それ、かなりデートっぽく聞こえるけど」
舞夜は視線を逸らした。
「……そういうこと言わないでください」
「ただ言っただけだろ」
「デートじゃありませんから」
「それ、前にも聞いたな」
「これからも何度でも言います」
俺は思わず笑った。
すると舞夜がスマートフォンを持ち上げた。
「ほら」
「ん?」
「写真、撮りましょう」
「また?」
「文句ありますか?」
「ないけど」
「じゃあ、もっと近くに来てください」
舞夜の隣に立つ。
彼女がスマートフォンを持ち上げた。
「笑ってください」
「笑ってるだろ」
「それは笑顔じゃありません」
「ちゃんと笑ってるって」
「違います」
カシャッ。
シャッター音が響いた。
舞夜は撮った写真を確認する。
そして、小さく笑った。
「……完璧です」
「見せて」
舞夜が画面をこちらへ向ける。
背景には、大きなクリスマスツリー。
その前に、俺たちが並んで写っていた。
「うん。綺麗に撮れてるな」
「保存しておきます」
「それは分かってた」
舞夜はスマートフォンをコートのポケットへしまった。
その瞬間、広場を冷たい風が吹き抜けた。
「……寒いですね」
舞夜は両手を擦り合わせる。
「本当に寒いな」
「手袋を持ってくるのを忘れてしまいました」
「え?」
舞夜がうなずく。
俺は、ほとんど考えるより先に彼女の手を取った。
冷たい。
まるで氷みたいだった。
「大樹くん……?」
「手、冷たすぎるだろ」
「……分かってます」
舞夜は少しだけ手を引こうとした。
けれど、俺は離さなかった。
「このほうが暖かいだろ」
舞夜の顔が、少しずつ赤くなる。
「……みんな見ていますよ」
「そうか?」
「私は、そう思います」
俺は笑った。
舞夜は恥ずかしそうに視線を落とす。
そして数秒後。
ゆっくりと、彼女の指が俺の指に絡んだ。
「……手が温まるまでですからね」
「分かった」
「本当に、それだけです」
「信じてるよ」
「……絶対、信じてませんよね?」
俺たちはそのまま、手を繋いで広場を歩いた。
街を彩る無数の光。
行き交う人々の声。
どこからか聞こえてくるクリスマスソング。
そして、隣で笑っている舞夜。
その姿を見ていると、この瞬間をずっと残しておきたいと思った。
その時、俺はふと気づいた。
特別なのは、イルミネーションじゃない。
クリスマスでもない。
巨大なクリスマスツリーでもない。
この午後を特別な思い出に変えているもの。
それは――。
俺の隣を歩いている、大切な人だった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
イルミネーションの下で、二人の距離がまた少し近づきました。
次回もお楽しみに!




