まだ言えていないこと
公園を出た俺たちは、近くにある小さな店で軽く食事をすることにした。
食事中、ほとんどずっと話していたのは結衣だった。
麻美は何とか話をまとめようとしていて、美子はそんな二人のやり取りを笑顔で眺めている。
そして、舞夜と俺は隣同士に座っていた。
時々、テーブルの下で手が触れる。
そのたびに、俺たちは顔を見合わせて小さく笑った。
そんな時だった。
「ところで、大樹」
突然、結衣が俺に話しかけてきた。
「ん?」
「もう決めた?」
「何を?」
「舞夜とのこと」
「――っ!?」
飲んでいたものが喉に入りそうになる。
「な、何をいきなり聞いてるんだよ!?」
「普通の質問だけど?」
「普通じゃないだろ!」
隣では、舞夜の顔が真っ赤になっていた。
「結衣……」
「分かった、分かった」
結衣は両手を上げる。
「今は無理に聞かないよ」
そして、少しだけ真面目な顔になる。
「でも、いつかは二人で話さないといけないことだからね」
「……そうですね」
舞夜が小さな声で答えた。
俺は舞夜を見る。
舞夜も俺を見る。
ほんの一瞬。
周りの話し声が聞こえなくなったような気がした。
何を言えばいいのか、俺たちにはまだ分からない。
でも――。
結衣が何を言いたいのかだけは、二人とも分かっていた。
食事を終えると、俺たちは麻美と美子に別れを告げた。
最後まで残っていたのは結衣だった。
帰る前に、結衣が俺たちのところへ近づいてくる。
「そんなに悩まなくていいからね」
「どうして?」
俺が尋ねると、結衣は笑った。
「だって、今日全部を決める必要なんてないでしょ?」
「……」
「時には、答えを急がずに、その途中を楽しむほうがいいんだよ」
舞夜が静かに頷く。
「……ありがとう」
結衣は手を振ると、そのまま二人に背を向けて歩いていった。
そして――。
俺たちは、また二人きりになった。
空はすでに暗くなっている。
遠くには、駅の明かりが見えていた。
「結衣の言う通りですね」
舞夜が言った。
「何が?」
「全部を今日、決める必要はないってことです」
「そうだな」
俺たちはゆっくりと駅へ向かって歩く。
しばらくすると、自然に手が触れた。
今度は――。
俺から手を取った。
舞夜が指を絡める。
「大樹くん」
「ん?」
「私たちが最初に出会った頃のこと、覚えていますか?」
「ああ」
「まさか、ここまで一緒にいるようになるなんて……あの頃は想像もしていませんでした」
「俺もだよ」
舞夜は少しだけ笑った。
「今でも、私たちが正確にどういう関係なのかは分かりません」
「俺も分からない」
「ふふっ」
舞夜は繋いだ手を見る。
「でも、不安ではありません」
「どうして?」
「自分が何をしたいのかは、分かっているからです」
俺は舞夜を見る。
「何がしたいんだ?」
舞夜は俺の手を、そっと握り直した。
「これからも、大樹くんと一緒にいたいです」
胸の鼓動が、また少し速くなる。
「……それなら、俺たちは同じだな」
舞夜が嬉しそうに笑った。
やがて、駅に到着した。
舞夜の電車が来るまで、まだ数分ある。
俺たちは並んでベンチに座った。
「大樹くん」
「ん?」
「その時が来たら……」
舞夜が少しだけ間を置く。
「私から、大樹くんに伝えたいです」
「……」
俺は驚いて舞夜を見る。
「分かった」
「待っていてくれますか?」
「ああ」
俺は頷いた。
「待つよ」
「本当に?」
「本当だ」
舞夜は安心したように笑った。
「それなら……私も焦りません」
「俺も、焦らないよ」
その直後、ホームに電車が入ってきた。
舞夜が立ち上がる。
そして、電車に乗り込もうとしたところで――。
一度、俺のほうを振り返った。
「また明日」
「ああ。また明日」
舞夜は数歩進む。
しかし――。
突然、足を止めた。
そして、こちらへ戻ってくる。
俺の前まで来ると、ゆっくりと手を差し出した。
俺はその手を取った。
「……少しだけ」
舞夜が小さく言う。
俺たちは、数秒間だけ手を繋いだ。
それから、舞夜が微笑んで手を離す。
「おやすみなさい、大樹くん」
「おやすみ、舞夜」
舞夜が電車に乗り込む。
扉が閉まる直前、舞夜が窓越しに手を振った。
俺も手を振り返す。
やがて電車が動き始める。
遠ざかっていく車両を、俺はしばらく見つめていた。
そして、電車の明かりが見えなくなったところで、ポケットから一枚の写真を取り出す。
あの日のノーデートで撮った写真。
しばらく、その写真を眺める。
京都。
体育祭。
文化展示会。
一緒に過ごした何気ない午後。
思い返せば――。
一つ一つの思い出が、少しずつ積み重なっていた。
そして、その一歩一歩が今日という時間へ繋がっている。
俺たちには、まだ言えていないことがたくさんある。
でも、今は――。
それを急いで伝えようとは思わなかった。
その時が来れば、舞夜はきっと俺の隣にいる。
そう信じられるから。
俺は写真をポケットに戻し、家へ向かって歩き始めた。
そして、自然と笑っていた。
俺たちの物語には、まだ名前がない。
それでも――。
名前よりも大切なものが、もう一つある。
それは――。
二人で見つけていきたいと思える、これからの未来だった。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
まだ二人の関係に明確な名前はありません。
それでも、大樹と舞夜は焦らず、一歩ずつ同じ未来へ向かって歩き始めています。
いつか舞夜が自分の気持ちを伝える時、その言葉はどんなものになるのでしょうか?
二人の未来を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。
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