思い出の場所
俺たちは、四時を少し過ぎた頃にショッピングモールへ到着した。
前の土曜日と比べると、今日はかなり静かだった。
舞夜は俺の隣を歩きながら、並んでいる店のショーウィンドウを眺めている。
「お店は、この辺りです」
「覚えてるよ」
「本当ですか?」
「ああ」
俺は笑った。
「キーホルダーを買ったところだろ?」
「それなら、大樹くんは記憶力がいいですね」
「覚えておく価値のあることもあるからな」
舞夜がちらりと俺を見る。
「……キーホルダーとか?」
「それもある」
「他には?」
俺は少し考えた。
「写真」
「写真?」
「俺たちのノーデートの日に撮ったやつ」
舞夜の頬が少し赤くなる。
「あ……」
少し視線を逸らした。
「あの写真ですか」
「そう」
「……私も、まだ持っています」
「だと思った」
舞夜は小さく笑った。
やがて、俺たちは目的の店に入った。
舞夜は迷うことなくアクセサリーのコーナーへ向かう。
以前見つけた白い猫のキーホルダーは、もう同じ場所にはなかった。
「あれ……場所が変わっていますね」
「たくさん売れたのかもな」
「たぶん、そうですね」
舞夜は棚を一つずつ見ていく。
そして、小さな動物のキーホルダーが並んでいるコーナーで足を止めた。
「見てください」
舞夜が一つを手に取る。
今度は、小さなウサギのキーホルダーだった。
「可愛いな」
「はい」
舞夜はしばらく眺める。
「でも……私は、やっぱり猫のほうが好きです」
「じゃあ、最初に選んだほうが正解だったな」
「ふふっ。そうかもしれません」
数分後。
俺たちは何も買わずに店を出た。
「それで……」
歩きながら、俺は尋ねた。
「どうして、もう一度ここに来たかったんだ?」
舞夜は数歩、黙って歩いた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「ここで、大樹くんがあのキーホルダーを買ってくれたからです」
「ああ」
「それと……」
舞夜は少しだけ笑った。
「あの日のことを、もう一度思い出したかったから」
俺は舞夜を見る。
「ノーデートの日?」
「はい」
でも、と舞夜は続けた。
「それだけじゃありません」
舞夜はショーウィンドウの前で足を止めた。
「最近、気づいたんです」
「何に?」
「私……大樹くんとの思い出が、たくさん増えているなって」
舞夜は指を折るように数えていく。
「京都」
「体育祭」
「文化展示会」
「それから……土曜日のこと」
そして、嬉しそうに微笑んだ。
「どれも、思い出すと幸せな気持ちになります」
「俺もだよ」
「だから、ここに来たかったんです」
「どうして?」
舞夜は俺をまっすぐ見た。
「確かめたかったんです」
「何を?」
「今でも、同じ気持ちになるのか」
俺は少し驚いた。
「それで?」
舞夜が微笑む。
「……はい」
「ちゃんと、同じ気持ちになりました」
思わず俺は笑ってしまった。
「じゃあ、いい確認だったな」
「はい」
舞夜も笑う。
俺たちはそのまま歩き続けた。
やがて、土曜日に一緒に入ったカフェが見えてきた。
舞夜が入口の前で立ち止まる。
「……入りませんか?」
「もちろん」
店内に入り、前と同じ窓際の席に座る。
「なんだか、これも習慣になりそうだな」
俺が言う。
「そうですね」
舞夜も周囲を見回す。
「大事なことがあるたびに、ここへ戻ってくるとか?」
「それはちょっと多すぎないか?」
俺が笑うと、舞夜は首を横に振った。
「違います」
「じゃあ?」
「何か特別な理由がなくても……」
舞夜は穏やかに笑った。
「ただ、また来たいと思った時に来るんです」
俺は舞夜を見る。
「……それ、いいな」
「私も、そう思います」
俺たちは前回と同じ飲み物を注文した。
しばらくして、飲み物が運ばれてくる。
舞夜が嬉しそうに笑った。
「これまで同じですね」
「あと足りないのは……」
「デザートですね」
「分かってるじゃないか」
「ふふっ」
俺たちは同じようにデザートを注文した。
やがてテーブルに運ばれてくる。
舞夜がスプーンですくい、一口食べる。
そして、俺を見る。
「大樹くん」
「ん?」
「土曜日、私と一緒に来たこと……後悔していますか?」
「してない」
俺は即答した。
「少しも」
「今日のことは?」
「それもしてない」
舞夜が嬉しそうに笑った。
「私もです」
周囲から聞こえてくる話し声。
食器の音。
店内に流れる静かな時間。
俺たちは、しばらく何も言わずにその空気を感じていた。
すると舞夜が、テーブルの上にそっと手を置いた。
「……大樹くん」
「ん?」
「一つ、言ってもいいですか?」
「もちろん」
舞夜は少しだけ視線を落とした。
「私……前は、大樹くんと一緒にいることが、どれだけ好きなのかを認めるのが怖かったんです」
「……」
「それを認めてしまったら、何かが変わってしまう気がして」
舞夜がゆっくりと顔を上げる。
「でも……今は」
一度、言葉を止める。
「もう、変わってしまったんだと思います」
俺の心臓が、少しだけ速くなる。
「でも、悪い意味じゃありません」
舞夜は優しく笑った。
「ただ……」
「私が好きだと思える方向に、変わったんです」
俺はテーブルの上に手を伸ばした。
舞夜の指先に触れる。
そして、自然に指を絡めた。
舞夜も、その手を優しく握り返す。
「俺も……好きだよ」
舞夜が微笑む。
「……それなら、よかったです」
もう、それ以上の言葉は必要なかった。
初めてだった。
俺たちは、お互いの気持ちを隠そうとしなかった。
もちろん、俺たちが一体どういう関係なのか――。
その答えは、まだ分からない。
でも、それは今すぐ決めなくてもいいのかもしれない。
今はただ――。
このまま、二人で一緒にいたい。
それだけで十分だった。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
思い出の場所をもう一度訪れたことで、自分たちの気持ちを確かめた大樹と舞夜。
二人の関係は、もう「ノーデート」という言葉だけでは表せないところまで来ているのかもしれません。
まだ名前のない二人の関係が、これからどこへ向かうのか――。
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
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