違う別れ
空がオレンジ色に染まり始める頃、俺たちは駅に到着した。
人々が絶え間なく行き交っている。
けれど、午後のほとんどを舞夜と一緒に過ごしたせいか、街の喧騒はいつもより遠く感じられた。
舞夜が電車の時刻を確認する。
「私の電車は、あと十分です」
「俺のは十五分後だ」
「それなら、まだ一緒に待てますね」
「そうだな」
俺たちはホームのベンチに並んで座った。
数秒間、どちらも何も言わなかった。
穏やかな午後だった。
材料を買って。
プレゼントを探して。
カフェで休んで。
公園を歩いて。
最後には写真まで撮った。
特別なことなんて、何もしていない。
それなのに――。
なぜか、舞夜と過ごした日の中でも、かなり楽しい一日だったように感じていた。
「大樹くん」
「ん?」
「今日は、とても楽しかったです」
「俺も」
「ただ……」
舞夜が微笑む。
「結衣さんには、きっと一週間くらいからかわれますね」
「それは避けられないな」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
その後、舞夜はバッグから小さなインスタント写真を取り出した。
「これは、他の写真と一緒にしまっておきます」
「他の写真?」
「京都旅行の写真です」
舞夜は少し嬉しそうに続けた。
「それから、体育祭の写真も。全部まとめてあります」
「全部?」
「はい」
舞夜が微笑む。
「大切な思い出は、ちゃんと残しておきたいんです」
俺は自分の手に持っていた写真を見る。
「じゃあ、これも大切な一枚になるな」
「……はい」
小さな沈黙が流れた。
舞夜の電車が来るまで、まだ少し時間がある。
彼女は線路の向こうを見つめた。
「ねえ、大樹くん」
「どうした?」
「京都に行く前は、こういうことをあまり考えたことがありませんでした」
「こういうこと?」
「誰かと一緒に、こうして午後を過ごすことです」
舞夜は少しだけ笑った。
「今は……もっとこういう時間を過ごしてみたいと思っています」
胸の奥が少し熱くなる。
「俺も、そう思う」
「……では」
舞夜は少しだけ迷うようにしてから、俺を見る。
「また、一緒に出かけてもいいですか?」
その問いには、珍しく少しだけ照れが混じっていた。
「もちろん」
俺はすぐに答えた。
「いつでもいいよ」
舞夜が嬉しそうに笑った。
「それなら……」
「ん?」
「今日が最後の『ノーデート』にはなりませんね」
「……そうみたいだな」
遠くから、電車が近づいてくる音が聞こえた。
舞夜が立ち上がる。
「私の電車です」
「ああ」
俺たちは向かい合った。
ほんの一瞬。
どちらも、何を言えばいいのか分からなかった。
やがて舞夜が手を上げる。
「では、月曜日に」
「うん。また月曜日」
舞夜はホームへ向かって歩き始めた。
けれど、数歩進んだところで足を止める。
そして振り返った。
「大樹くん」
「ん?」
「今日は……ありがとうございました」
舞夜は優しく微笑んだ。
「とても特別な一日でした」
俺が返事をするより先に、舞夜は電車へ乗り込んだ。
ドアが閉まる。
舞夜は窓の向こうから、小さく手を振った。
俺も手を振り返す。
電車はゆっくりと動き始めた。
そして――。
やがて舞夜の姿は見えなくなった。
俺はしばらく、誰もいなくなった線路を眺めていた。
それからポケットの中にあるインスタント写真を取り出す。
そこには、笑顔で並んでいる俺たちが写っていた。
ただの一枚の写真。
それでも――。
きっと俺は、この写真を京都で買った赤いお守りと一緒に、大切にしまっておくだろう。
俺たちは、あれがデートではなかったと何度も言い続けていた。
けれど――。
もう、何と呼ぶかなんてどうでもよくなっていた。
大切なのは。
今日、舞夜と一緒に過ごせたこと。
そして――。
俺たち二人とも、また一緒に過ごしたいと思っていること。
自分の乗る電車へ向かいながら、俺は小さく笑った。
たぶん……。
今は、それだけで十分なのだと思う。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
大樹と舞夜の「ノーデート」は、二人にとって特別な一日になりました。
そして――「また一緒に出かけたい」という小さな約束も。
これから二人の関係がどう変わっていくのか、次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
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