完璧なノーデート
小さな公園を後にした俺たちは、特に目的地を決めることもなく歩き続けた。
もう買うものはない。
行かなければならない場所もない。
ただ……。
俺たちは一緒に歩いていた。
「そろそろ戻ったほうがいいと思います」
数分歩いたところで、舞夜が言った。
「そうだな」
俺は時計を確認する。
「でも、まだ時間はあるぞ」
舞夜もスマートフォンで時間を確認した。
「そうですね。まだ結構あります」
「じゃあ、もう少し歩こうか」
舞夜が微笑む。
「はい」
俺たちは静かな通りを歩き続けた。
しばらくすると、小さな広場にたどり着いた。
中央には噴水があり、その周りにはいくつかのベンチが並んでいる。
何人かの子どもたちが遊び、その近くでは親たちが楽しそうに話していた。
俺たちはベンチの一つに腰を下ろした。
「ここ、結構静かだな」
「はい。私、こういう場所好きです」
俺たちはしばらく、何も言わずに噴水を眺めていた。
すると舞夜がバッグから一枚の写真を取り出した。
「持ってきたんです」
「それ……体育祭の写真?」
「はい」
舞夜が見せてくれたのは、全員が変な顔をして写っている、あの写真だった。
「これを見るたびに、あの日のことを思い出します」
舞夜は写真を見ながら笑った。
「俺も」
「宝探しも」
「それから、あのカードもな」
舞夜の笑顔が少しだけ止まった。
ゆっくりと写真を下ろす。
「『可愛い人を探せ』……」
「もう思い出さなくていいから」
「どうしてですか?」
「だって、今でも恥ずかしいんだよ」
舞夜が微笑んだ。
「私もです」
少しの沈黙。
そして――。
舞夜が俺を見る。
「でも……」
「ん?」
「大樹くんが、私のことを思い浮かべてくれたのは……嬉しかったです」
「え?」
「カードを見た時」
舞夜は少しだけ頬を赤くした。
「大樹くん、すぐに私の名前を言いましたよね」
「……あれは、なんとなく」
「どうしてでしょうね」
「俺にも分からない」
舞夜は少しだけ笑った。
「私は、分かります」
「え?」
舞夜は視線を落とした。
「それは……」
一度言葉を止める。
「たぶん、最近……大樹くんのことをよく考えているからだと思います」
心臓が、小さく跳ねた。
「舞夜……」
俺が名前を呼ぶと、舞夜は慌てて顔を上げた。
「ち、違います! 変な意味じゃありませんから!」
「いや、俺は何も言ってないけど」
「……大樹くんの顔が、何か言いたそうでした」
「俺の顔?」
「はい」
二人とも、顔を見合わせる。
そして――。
同時に笑い出した。
張り詰めていた空気が、少しだけ柔らかくなった。
けれど。
舞夜の言葉だけは、ずっと俺の頭に残っていた。
――最近、あなたのことをよく考えている。
俺も、舞夜のことをよく考えている。
……自分で認めたくないくらいに。
それから数分後。
俺たちはベンチから立ち上がった。
「暗くなる前に戻りましょう」
「そうだな」
俺たちは駅へ向かって歩き始めた。
途中、小さな店が目に入った。
ショーウィンドウには、インスタント写真を撮れる小さな撮影機が置かれている。
舞夜が足を止めた。
「……一枚、撮りませんか?」
「写真?」
「はい。今日の記念に」
「もちろん」
俺たちは店の中へ入った。
撮影機には、二人で入れる小さなスペースがあった。
俺たちは並んで座る。
画面にカウントダウンが表示された。
三。
舞夜が笑顔になる。
二。
俺は少しだけ舞夜との距離を縮めた。
一。
シャッター音が鳴った。
「もう終わり?」
「もう一枚あります」
俺たちは顔を見合わせた。
今度は舞夜が指で小さなピースサインを作った。
俺も同じようにピースを作る。
二枚目の写真が数秒後に出てきた。
舞夜が二枚とも手に取った。
「一枚ずつにしましょう」
「いいな」
舞夜は一枚をバッグにしまい、もう一枚を俺に差し出した。
「なくさないでくださいね」
「分かった」
俺は写真を見る。
そこには、笑顔で並んでいる俺たちが写っていた。
ただの、何でもない一枚。
なのに――。
俺は、なんとなく気に入っていた。
「大樹くん」
「ん?」
「今日は、一緒に来てくれてありがとうございました」
「こっちこそ、誘ってくれてありがとう」
舞夜が微笑む。
「……でも、厳密に言えば」
「ん?」
「今日は、デートではありませんよね」
「もちろん」
俺は即答した。
「ただ材料を買いに来ただけだ」
「それからプレゼントも」
「あと、カフェにも行った」
「それと散歩」
「写真も撮ったな」
俺たちは顔を見合わせた。
「……それって、かなりデートっぽくない?」
「……そうですね」
ほぼ同時に口にした。
二人とも黙り込む。
そして――。
また笑い出した。
「じゃあ……」
舞夜が少し考える。
「『ノーデート』って呼ぶのはどうでしょう?」
「ノーデート?」
「はい」
「……それならいいかもな」
舞夜が嬉しそうに笑った。
「決まりですね」
俺たちは再び駅へ向かって歩き始めた。
結局、俺たちは最後まで認めようとはしなかった。
あれはデートじゃない。
ただの買い物。
ただのカフェ。
ただの散歩。
ただの写真。
……そういうことになっている。
それでも――。
あの日のことを思い返した時。
俺たちがデートと呼ぶことを拒み続けたその一日は――。
きっと、二人にとって最高の「ノーデート」だった。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
大樹と舞夜の「ノーデート」は、いかがでしたか?
二人にとって、きっと忘れられない一日になったと思います。
次回も二人の物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。
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