ただの散歩
デザートを食べ終えた俺たちは、カフェを出た。
まだ午後は始まったばかりで、ショッピングモールの中も相変わらず多くの人で賑わっている。
「そろそろ帰る?」
俺が尋ねると、舞夜はメイン通路のほうへ視線を向けた。
「……まだ帰りません」
「まだ何か買うものがあるの?」
「いいえ」
舞夜は少しだけ間を置いた。
「ただ……もう少し歩きたいなって」
「そういうことなら、いいよ」
俺たちはショッピングモールを出て、近くの商店街へ向かって歩き始めた。
天気は穏やかで、午後の日差しが建物を優しく照らしている。
しばらくの間、俺たちは本当に何でもない話をしていた。
「数学の宿題、もう終わりましたか?」
「ほとんど。最後の問題だけ残ってる」
「私も、あれは分かりませんでした」
「じゃあ、分からないのは俺だけじゃないんだな」
舞夜が小さく笑った。
「間違いなく、私もです」
そんな会話をしながら歩いていると――。
突然、舞夜が小さな店の前で足を止めた。
「見てください」
ショーウィンドウには、動物をモチーフにした商品が並んでいた。
キーホルダー。
小さなぬいぐるみ。
置物。
その中に、白い猫の小さなキーホルダーがあった。
「この猫、可愛いですね」
舞夜が指差す。
「うん」
「……大樹くんは、好きですか?」
「まあ、少しは」
「そうですか」
舞夜は店の中へ入っていった。
俺も後を追う。
舞夜は白い猫のキーホルダーを手に取り、じっくりと眺めていた。
「私のバッグにつけたら、似合いそうです」
「じゃあ、買えばいいんじゃない?」
「でも、もうプレゼントを買いましたから」
「それがどうかした?」
「これ以上、あまりお金を使いたくなくて……」
「小さいものだし」
「それでもです」
舞夜は名残惜しそうにキーホルダーを棚へ戻した。
俺たちは店を出た。
数メートル歩いたところで、俺は足を止めた。
「ちょっと待ってて」
「どうしたんですか?」
「いや……」
俺は店のほうを振り返る。
「すぐ戻る」
「……?」
俺は一人で店へ戻った。
そして、さっき舞夜が見ていた小さな猫のキーホルダーを購入した。
店を出ると、舞夜が入口の前で待っていた。
「何をしていたんですか?」
「はい」
俺は小さな袋を差し出した。
「これ」
舞夜が目を見開く。
「……これは?」
「さっきの猫」
「大樹くん……」
「大したものじゃないよ」
俺は少し照れながら言った。
「ちょっとした思い出だから」
舞夜は袋からキーホルダーを取り出した。
その表情が、一瞬で変わった。
「……可愛い」
「気に入った?」
「はい」
舞夜は両手で大切そうにキーホルダーを持った。
「でも……買ってくれなくてもよかったのに」
「分かってる」
「じゃあ、どうして……」
「俺が買いたかったから」
舞夜は何秒か俺を見つめた。
そして――。
柔らかく微笑んだ。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
舞夜はキーホルダーを丁寧にバッグへしまった。
「月曜日になったら、学校のバッグにつけますね」
「じゃあ、本当に似合うか確認できるな」
「はい」
俺たちは再び歩き始めた。
数歩進んだところで、舞夜が口を開いた。
「大樹くん」
「ん?」
「……どうして買ってくれたんですか?」
予想していなかった質問だった。
俺は少し考える。
「だって……」
言葉を探しながら答えた。
「舞夜がそれを見た時、笑ってたから」
「……」
「それに……」
俺は少しだけ視線を逸らした。
「舞夜がああやって笑ってるのを見るの、好きだから」
舞夜の足が止まった。
「……え?」
顔がみるみる赤くなっていく。
「今の……」
「ん?」
「……すごく、嬉しいです」
舞夜は照れたように笑った。
「……ありがとうございます」
そう言って、また歩き始める。
俺もその隣を歩いた。
しばらくすると、小さな公園が見えてきた。
木々が日陰を作り、空いているベンチがいくつか並んでいる。
「少し休みませんか?」
「そうだな」
舞夜がベンチに座り、俺もその隣に腰を下ろした。
遠くから街の喧騒が聞こえてくる。
けれど、この場所だけは不思議なくらい静かだった。
舞夜はバッグから、もう一度猫のキーホルダーを取り出した。
「……やっぱり、大切にします」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
舞夜は小さな猫を見つめた。
それから、俺を見る。
「ねえ、大樹くん」
「どうした?」
「今日は……楽しかったです」
「俺も」
「特別なことは、何もしていないのに」
「それがいいのかもしれないな」
舞夜が微笑む。
「……そうですね」
「こういう時間のほうが、大切なのかもしれない」
俺たちはしばらく何も話さず、空を眺めていた。
その時――。
俺のスマートフォンが振動した。
メッセージが届いた。
確認すると、結衣からだった。
『デート、どう?』
俺は目を見開いた。
「どうしたんですか?」
舞夜が尋ねる。
俺は無言でスマートフォンを見せた。
舞夜が画面を読む。
その瞬間――。
顔が真っ赤になった。
「ど、どうして私たちが一緒にいるって……!」
「俺にも分からない」
俺は急いで返信する。
『デートじゃない』
すると、ほとんど一瞬で返事が届いた。
『はいはい。じゃあ私は校長先生ってことで』
舞夜が吹き出した。
「結衣さん……絶対に私たちを放っておいてくれませんね」
「間違いない」
俺はスマートフォンをしまった。
俺たちはベンチから立ち上がり、再び歩き始めた。
今日も俺たちは、何度も言い聞かせていた。
これはデートじゃない。
ただ、一緒に買い物をして。
少し歩いて。
一緒に休憩しただけ。
それだけのはずなのに――。
夕暮れの街を二人で歩いていると、その言葉を信じることが、俺たち自身にも少しずつ難しくなっていた。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
「デートじゃない」と言いながら、少しずつ距離を縮めていく大樹と舞夜。
二人の土曜日は、まだ終わりません。
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
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