土曜日の午後
土曜日が、思っていたよりもずっと早くやってきた。
朝から俺は、今日の予定はいたって普通のものだと自分に言い聞かせていた。
舞夜の買い物に付き合うだけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
……なのに。
十分もしないうちに三度目となる時計を確認したところで、俺はようやく認めざるを得なかった。
もしかすると、少し緊張しているのかもしれない。
「どうしてそんなに落ち着かないの?」
キッチンから母さんの声が聞こえた。
「落ち着いてるよ」
「シャツ、三回も着替えてるけど?」
俺は黙り込んだ。
「……ちゃんとして見えるようにしたいだけ」
「そう」
母さんは楽しそうに笑った。
「楽しんできなさい」
「デートじゃないから」
「私はデートだなんて言ってないけど?」
母さんは何でもないことのように答えた。
……それはそれで、余計に気まずかった。
昼過ぎ、俺は家を出て、待ち合わせ場所のショッピングモールへ向かうために電車に乗った。
数分早く到着した。
周辺には、かなり多くの人が歩いている。
俺は入口の近くで立ち止まり、スマートフォンを確認していた。
その時――。
「大樹」
名前を呼ばれて顔を上げる。
舞夜がこちらへ歩いてきていた。
シンプルなブラウスにスカート。
肩には小さなバッグを掛けている。
そして、いつもとは少し違うように髪が整えられていた。
「待たせてしまいましたか?」
「いや、大丈夫」
俺は慌てて答えた。
「俺も今来たところだから」
「本当ですか?」
「うん」
「まあ……数分前だけど」
舞夜が小さく笑った。
「やっぱり待っていたんですね」
「いや、そういう意味じゃ……」
「分かっています」
舞夜は楽しそうに笑った。
俺たちは一緒にショッピングモールの中へ入っていった。
「まずは材料を買いましょう」
「了解」
俺たちは学校用品を扱っている店へ向かった。
舞夜は画用紙やマーカー、いろいろな種類の紙を一つずつ確認していく。
「どちらがいいと思いますか?」
舞夜が二枚の画用紙を見せてきた。
「青いほうかな」
「どうしてですか?」
「前に見せてもらったデザインに合ってると思うから」
舞夜は嬉しそうに笑った。
「では、こちらにします」
そのまま俺たちは棚を見て回った。
舞夜は何かを手に取るたびに、俺に意見を聞いてくる。
ただ学校の活動に使う材料を買っているだけなのに――。
気がつけば、俺はかなり楽しんでいた。
必要なものを全部買い終えると、舞夜は袋の中を確認した。
「これで一つ終わりましたね」
「次はプレゼント?」
「はい」
俺たちは店を出て、今度はいくつかの店を見て回ることにした。
服屋の前を通り過ぎる。
その次は本屋。
さらにアクセサリーショップ。
「どんなプレゼントを探してるんだ?」
俺が尋ねる。
「小さなものです」
舞夜は少し考えてから答えた。
「その人は、シンプルなものが好きなので」
「それだけじゃ、かなり難しいな」
「そうですよね」
舞夜は小さく笑った。
俺たちは小さなアクセサリーショップへ入った。
店内には、ブレスレットやネックレス、小さな置物など、いろいろな商品が並んでいる。
舞夜は棚を一つずつ見ていく。
俺は少し離れた場所で待っていた。
すると――。
舞夜が一つの小さなブレスレットを手に取った。
「これなら、気に入ってくれるかもしれません」
「可愛いと思う」
舞夜はしばらくそのブレスレットを見つめていた。
「……はい。これにします」
店員にプレゼント用の包装をしてもらっている間、俺は何気なく店内を見回した。
そこには、小さなお土産や記念品も並んでいた。
その中で、一つの品が目に入った。
京都の夜景を写した、小さな額入りの写真。
俺たちが旅行中に撮った写真とは少し違う。
けれど、そこに写っている京都の夜の景色を見た瞬間――。
なぜか、あの夜を思い出した。
ホテルのテラス。
舞夜。
そして――。
重なった俺たちの手。
俺は慌てて視線を逸らした。
「何か見つけましたか?」
舞夜の声が聞こえる。
「いや……」
俺は首を横に振った。
「何でもない」
プレゼントを受け取り、俺たちは店を出た。
「これで全部?」
「はい」
舞夜が袋を確認する。
「必要なものは全部そろいました」
「じゃあ、帰ろうか」
そう言った俺に、舞夜は時計を見た。
「まだ少し早いですね」
「そうだな」
「帰る前に、何か飲みませんか?」
「もちろん」
俺たちはショッピングモールの中にある小さなカフェへ入った。
窓際の席に向かい合って座る。
飲み物を注文し、それから二人で食べられる小さなデザートも頼んだ。
しばらくの間、俺たちは他愛のない話をしていた。
学校のこと。
体育祭のこと。
クラスメイトのこと。
そんな話をしているだけだった。
やがて舞夜が、テーブルの上に置いたカップをそっと離した。
「大樹」
「ん?」
「……一緒に来てくれて、嬉しいです」
舞夜は優しく微笑んだ。
「俺も、楽しいよ」
数秒間、俺たちは互いの顔を見つめた。
どちらも何も言わない。
そして――。
なぜか同じタイミングで、二人とも視線を逸らした。
俺の頭から、あのことが離れない。
俺たちは何度も言っていた。
これはデートじゃない。
ただ一緒に買い物をしているだけ。
……そう言い聞かせていたはずなのに。
こうして二人で向かい合って座り、ゆっくり話をしながら一つのデザートを分け合っていると――。
それがただの買い物だと信じ続けることが、少しずつ難しくなっていた。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
材料を買うだけだったはずの大樹と舞夜の土曜日。
二人は「デートじゃない」と言い続けていますが……?
次回も二人の距離がどう変わっていくのか、楽しんでいただけたら嬉しいです。
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