小さなお願い
体育祭が終わった。
翌日には、学校もすっかりいつもの日常を取り戻していた。
廊下は以前よりずっと静かで、生徒たちは次の学校行事の話をしている。
俺は自分の席で課題を終わらせていた。
その時、隣から声が聞こえた。
「大樹」
顔を上げると、舞夜が俺の机の横に立っていた。
「どうした?」
舞夜は、少し緊張しているように見えた。
「土曜日、予定はありますか?」
突然の質問に、俺は少し驚いた。
「ないけど……どうして?」
舞夜は胸の前で、両手を小さく握った。
「少し、買いたいものがあるんです」
「買い物?」
「学校の活動に使うものです。画用紙とか、いくつかの材料とか……」
そこで舞夜は少し考えるように黙った。
「それと……プレゼントも探したいと思っています」
「プレゼント?」
「はい。友達に渡すものです」
「そうなんだ」
俺は頷いた。
「じゃあ、土曜日に一緒に行こうか?」
舞夜は小さく頷いた。
「……いいんですか?」
「もちろん。俺は別に構わないよ」
舞夜の顔に、小さな笑顔が浮かんだ。
「ありがとうございます」
「何時にする?」
「いつでも大丈夫です」
「じゃあ、二時くらいは?」
「はい。ちょうどいいと思います」
「じゃあ、決まりだな」
「はい」
数秒の沈黙。
「それでは……」
舞夜は少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「土曜日に」
「ああ。また土曜日」
舞夜は自分の席へ戻っていった。
俺はその背中を目で追った。
別に、変な会話ではない。
ただ一緒に買い物へ行くだけだ。
それだけ。
……少なくとも、俺はそう思い込もうとしていた。
数分後。
「何話してたの?」
突然、結衣が俺の机の横に現れた。
「別に何も」
「嘘」
「なんでいつもそう決めつけるんだよ」
「だって、大樹のこと知ってるから」
結衣は身を乗り出した。
「土曜日、何するの?」
「舞夜が学校の活動に使う材料を買うんだって。それに俺が付き合うだけ」
「へえ」
「それだけだよ」
「へえー」
結衣は意味ありげに頷いた。
そして――ニヤリと笑った。
「それってデートじゃん」
「デートじゃない!」
思わず即答してしまった。
教室の何人かが、こちらを見る。
結衣は慌てて人差し指を口元に当てた。
「しーっ。大声出さないでよ」
「お前が変なこと言うからだろ!」
「私は事実を言っただけだけど?」
「デートじゃない」
「はいはい」
結衣は笑いながら、自分の席へ戻っていく。
「好きに呼べばいいじゃん」
そして振り返った。
「でも、土曜日に二人で午後ずっと一緒にいるんでしょ?」
「……まあ」
「私からしたら、それはもうデートだよ」
「だから違うって!」
結衣は手を振りながら教室を出ていった。
「楽しんできてねー! ノーデート!」
「結衣!」
笑い声を残して、結衣は廊下の向こうへ消えていった。
俺はため息をつき、椅子の背もたれに体を預けた。
まさか、ただ材料を買いに行くだけで、こんな騒ぎになるとは思わなかった。
それでも――。
ふと舞夜を見る。
舞夜は、笑いを隠そうとしているようだった。
俺と目が合う。
「……全部、聞いてた?」
「はい」
「……ごめん」
舞夜は首を横に振った。
「気にしていません」
そして、少し間を置いてから――。
「ただ……」
「ん?」
舞夜は小さく笑った。
「楽しみです」
「何が?」
「土曜日に、大樹くんと一緒に過ごすことが」
少し恥ずかしそうに視線を逸らす。
「……デートじゃなくても」
一瞬、心臓が大きく跳ねた。
「……そうだな」
俺も視線を逸らした。
「デートじゃなくても」
それから俺は、何事もなかったようにノートへ視線を戻した。
けれど――。
頭の中に、小さな疑問が浮かんでいた。
俺たちは、どうしてこんなにも「デートじゃない」と言い張っているんだろう。
もし本当に違うのなら――。
どうして俺には、これがまるでデートのように感じられるのだろうか。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
体育祭が終わり、今度は大樹と舞夜の「デートじゃない」買い物が始まります。
果たして土曜日、二人に何が待っているのでしょうか?
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
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