思いがけない休憩
リレーが終わった後、俺たちは次の競技まで少し休憩することになった。
太陽はかなり高く昇っていて、校庭には座って休める場所を探している生徒たちがたくさんいた。
俺たちのチームは、一本の木の下にある静かな場所を見つけた。
「五分だけ、動かずにいたい……」
佐藤がそう言いながら、芝生の上に倒れ込む。
「本当に五分だけだからな」
小林が隣に座る。
「寝たら、そのままここに置いていくぞ」
「そのリスクは受け入れる」
「堂々と言うなよ」
俺は思わず笑った。
舞夜は俺たちの向かいに座り、水を飲んでいた。
俺も彼女の近くに腰を下ろす。
「まだ疲れていますか?」
舞夜が尋ねる。
「少しな。
でも、大丈夫だ」
「ちゃんと休んだほうがいいですよ」
「舞夜も走っただろ」
「はい。
でも、最後に全力で走ったのは大樹ですから」
舞夜が微笑む。
「……あれは、すごかったです」
「ありがとう」
俺は少し照れながら答えた。
しばらく、俺たちは何も話さなかった。
静かな時間だった。
体育祭が始まってから初めてかもしれない。
先生たちの指示も聞こえない。
周りから大声で叫ぶ声もない。
ただ、木の葉を揺らす風の音だけが聞こえていた。
「なあ、舞夜」
「はい?」
「さっきのことなんだけど……」
「さっき?」
「リレーが終わった後、お前が俺の手を握っただろ」
舞夜の動きが止まった。
そして、顔が少しずつ赤くなる。
「あ、あれは……!」
舞夜は慌てて説明する。
「勝てたのが嬉しくて、つい……!」
「分かってる」
「なら、もう言わないでください」
「分かった」
俺は笑った。
「ただ……」
「ただ?」
「俺は、嫌じゃなかった」
舞夜がゆっくりと顔を上げる。
数秒間――。
俺たちは何も言わなかった。
そして、舞夜が恥ずかしそうに微笑んだ。
「……私もです」
その瞬間。
胸の奥が、小さく跳ねた。
けれど、俺が何か言うより先に――。
俺たちの上に影が落ちた。
「へえ。
ずいぶん面白そうな話をしてるね」
……結衣。
またこいつか。
「お前、何かレーダーでも持ってるのか?」
俺が尋ねる。
「うん。
『好奇心』っていうレーダー」
「そんなもの捨てろ」
結衣の後ろから麻美がやってきた。
「気にしなくていいから」
「ただ、次の競技の準備ができてるか聞きに来ただけだよ」
結衣が言う。
「まだ二十分くらいあるだろ?」
「実際には十五分よ」
美子がプログラムを確認する。
「じゃあ、まだ時間あるね」
結衣はそう言って、俺たちの隣に座った。
「それで、何の話してたの?」
「何でもない」
「何でもありません」
俺と舞夜が、ほぼ同時に答えた。
結衣が目を細める。
「……今の、息ぴったりすぎない?」
「偶然だ」
「はいはい」
結衣は楽しそうに笑った。
そこへ松が何本かの水のボトルを持って現れた。
「みんなの分、持ってきたぞ」
「ありがとう」
舞夜が受け取る。
俺たちはボトルをそれぞれ配り、そのまま自然と会話が始まった。
数分後――。
結衣が一本のボトルを持ち上げた。
「そういえば、みんな体育祭のプログラム全部見た?」
「いや」
俺が答える。
「主要競技が終わった後に、最後のイベントが一つあるんだって」
「まだあるのか?」
悠真が驚く。
「うん。
チームでやる競技らしいよ」
松が用紙を確認する。
「えっと……。
チームワークを試す競技みたいだな」
「それって、どういう意味?」
恒一が尋ねる。
「俺にも分からない」
松が答える。
結衣が笑った。
「最高じゃん」
「何で最高なんだよ?」
「何をするのか分からないなら、そのほうが面白いでしょ?」
麻美が呆れたように首を横に振る。
「あなたの『楽しい』の基準って、かなり危険よね」
その時、遠くから体育館のチャイムが鳴った。
先生たちが、次の競技に参加する生徒たちを呼び始める。
俺たちも立ち上がった。
舞夜が髪を整え、俺を見る。
「準備はできましたか?」
「ああ」
「それなら、行きましょう」
俺たちは並んでトラックへ向かって歩き始めた。
その途中――。
ほんの数秒だけ、俺たちの手が近くにあった。
どちらも、相手の手を取ろうとはしなかった。
けれど――。
わざわざ離れようともしなかった。
京都で過ごしたあの日々を思い出す。
あれから、ほんの少ししか時間は経っていない。
それでも――。
こんな小さな仕草さえ、以前とは違って感じられた。
もしかしたら――。
俺たちの間で本当に変わり始めているのは、大きな出来事なんかじゃないのかもしれない。
こういう小さな瞬間なのだ。
少しずつ。
少しずつ。
いつの間にか、当たり前になっていくような――。
そんな瞬間が、俺たちの距離を変えているのかもしれなかった。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
大樹と舞夜の距離は、少しずつ、けれど確実に変わり始めています。
次の競技では、いったい何が待っているのでしょうか?
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
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