二人のお守り
「いいこと思いついた」
その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感がした。
「嫌だ」
俺は即答した。
結衣が首を傾げる。
「何が?」
「まだ何も説明してないだろ」
「だからこそだよ。面倒なことになる前に断っておく」
麻美が吹き出した。
「大樹、もう生存本能が身についてるね」
「結衣と長く一緒にいれば、そうなるのも当然だよ」
俺たちの言葉を完全に無視して、結衣は赤いお守りを二つ、舞夜と俺の目の前に掲げた。
「これ、見て」
舞夜が小さな布袋を見つめる。
「何か特別なんですか?」
「説明によると、二人の絆を深めるお守りなんだって」
美子が一つを手に取り、説明書きを読む。
「信頼とか……共有した思い出について書いてあるみたい」
「完璧!」
結衣が嬉しそうに叫んだ。
「大樹に一つ。舞夜に一つ!」
「完璧じゃない」
「「完璧じゃない」」
俺と舞夜の声が、また同時に重なった。
結衣が満面の笑みを浮かべる。
「もう、それやるの何回目?」
舞夜は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「結衣、もうからかわないでください」
「からかってないって」
「ただ、旅行のいい思い出になるかなって思っただけ」
一瞬、誰も何も言わなかった。
結衣に別の意図があることを考えなければ、このお守り自体は確かに旅行の思い出として悪くない。
舞夜も、もう一度赤い小袋に目を向ける。
「……確かに、かわいいですね」
「ほら! 舞夜は私の芸術的センスを理解してくれてる!」
「そこまでは言ってません」
麻美が笑い始める。
「でも、二人で持ってたら結構似合いそう」
「麻美まで乗らないでくれよ……」
俺はため息をついた。
結衣は俺の手に、お守りの一つを押しつける。
「はい」
「え?」
「プレゼント」
「それは余計に不安なんだけど」
「大樹って、本当に疑り深いよね」
「誰のせいだと思ってるんだ」
そのまま結衣は、もう一つのお守りを舞夜に渡した。
舞夜は丁寧に受け取り、布に刺繍された模様をじっと眺める。
「……綺麗」
小さく呟く。
結衣は満足そうに笑った。
「ほら! 結局、私がいいことしたでしょ?」
「まだ納得してない」
「大樹って、いつもそうだよね」
俺は仕方なく、お守りをリュックのポケットにしまった。
舞夜も同じように、自分のお守りをしまう。
その時、店の外から先生の声が聞こえてきた。
「みんな! あと十分で見学を再開するぞ!」
「はーい!」
何人かの生徒が一斉に返事をする。
少しずつ、他の生徒たちも店の外へ出ていった。
店を出る直前、麻美が結衣の腕を掴む。
「ほら、行こう。私、もう少しお土産を見たい」
「今から?」
「うん」
美子も近づいてくる。
「じゃあ、数分後に外で集合ね」
「分かった」
結衣は二人に引っ張られるようにして歩き出した。
しかし、棚の向こうへ消える直前――
俺たちに向かって、意味ありげな笑顔を見せる。
「私がいない間に、面白いことしないでね」
「いいから早く行け」
俺が言うと、麻美が声を上げて笑った。
そして三人は、店の奥へと消えていった。
突然、店内がずっと静かになった。
舞夜は壁に並んだお守りを眺め続けている。
「結衣は……本当に大げさですよね」
小さな声で呟いた。
「それは控えめな表現だな」
俺が答えると、舞夜が小さく笑った。
それから、彼女はポケットから赤いお守りをもう一度取り出した。
「それでも……」
舞夜はお守りを見つめる。
「これは、大切に持っておこうと思います」
「本当に?」
舞夜はゆっくりと頷いた。
「はい」
「だって、今回の旅行を象徴するものですから」
「それに……この数日間は、私にとってもう大切な時間になっています」
俺はしばらく舞夜を見つめていた。
そして、自然と笑みがこぼれる。
「じゃあ、俺も大切にするよ」
舞夜が俺に微笑み返す。
「そうすれば、家に帰った後も――」
「これが本当にあったことの証になりますね」
俺は手の中にある小さな赤いお守りを見る。
どこにでもありそうな、簡素なものだ。
それなのに、なぜだろう。
何年も時間が経った時、きっとこれは――
この旅行で残った、一番大切な思い出の一つになっている気がした。
その時だった。
「おや?」
店の奥から、結衣が戻ってきた。
俺たちの様子を数秒間、黙って眺める。
そして――
ニヤリと笑った。
「なるほど。ちょうどいいところに戻ってきたみたい」
「また始めるなよ」
俺が警戒すると、結衣は両手を上げた。
「大丈夫、大丈夫」
「まだ何も言ってないから」
……なぜだろう。
その「まだ」という言葉が、さっき以上に俺を不安にさせた。
第183話を読んでいただき、ありがとうございます!
二人の思い出として、お守りを手にした大樹と舞夜。
そして、何かを企んでいるようにしか見えない結衣。
京都旅行は、まだまだ終わりません。
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです!
これからも応援よろしくお願いします!




